1912年以後のアングル DBA「間違いだらけの抜歯矯正」より | きたざわ歯科 かみあわせ研究所
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1912年以後のアングル DBA「間違いだらけの抜歯矯正」より


1912年以後のアングル  DBA「間違いだらけの抜歯矯正」より

1911年の抜歯、非抜歯の論争はケースと

アングル一派のデューイの論争であって、

アングルが直接行ったものではない。

アングルスクールの卒業生がアングルの代表として論争をした

とも言われているけれども、

この当時の抜歯は現在の事情とはとても違うのである。

アングルはそれ以後も改良を続ける。

1913年にリボンアーチ装置を発明し特許を取る。

それをピンアンドチューブの装置に取って替えている。

1920年にはブラケット用のバンドを発明し、

1928年のエッジワイズブラケットの発明として進化してゆくのである。

バンドとエッジワイズブラケットの発明は、

現在のエッジワイズ法の基本をつくりあげたメカニックである。

ベッグ法は、1913年発明のリボンアーチの時代に

アングルスクールで学んだベッグが使用し、有名になっている。

しかし、この1928年当時まではワイヤーの良いものがなかったのである。

このことも考察の中に加えておかなくてはならない。

現在のステンレス系やニッケルチタン系のようなワイヤーはなく、

白金加金のワイヤーが最も良いものであり、

洋銀とか黄銅とか、代用品を使う以外になかった。

白金加金は高価であり、現在のワイヤーのような弾力もないから

太くし、ゴムなどを活用しなくてはならなかったのである。

その上、全てにバンドをした全帯環であり、

れも厚いものだからそのような形のものでの拡大は

かなりの量になったといえる。

かつての抜歯の大変な時代と1928年になり、

抜歯がかなり自由に行なえるようになった時代の変化について

ゆけなかったのが、アングルの欠点ではあった。

それは、矯正歯科専門医という自らつくりあげた概念によって、

その方面での研究が不足になったのと、

抜歯をしなくて治すという理想に燃えていたからである。

それに比べ、何でも取り入れるツィードは気楽なものである。

ツィードが抜歯症例を100ほど提示したといわれるが、

それはアングルの弱点を突いていた。

アングルは全て非抜歯でやろうと頑張ったのが晩年であったし、

ツィードもそれでやったらしい。

その中には八重歯が高位にあるものがある。

これを非抜歯ですると開口の状態になるケースが多くある。

現在は、これでも治すことが可能だが、

その当時としては無理であったろうと思われる。

このような形のものを見せ、抜歯すればきれいになるケースを見せたのである。

八重歯が高位であり、2番と4番の歯がくっついて隙間がないような

ケースでの非抜歯を見せていたということだ。

ツィードの戦略的な作戦勝ちなのである。

そしてツィードは、今度は抜歯を推奨したから、

4ミリ不足で抜歯というおかしなことになってしまったのである。

その基準こそ

現在ではアングルに対する非難の逆として、間違った方法なのである。