❺『生体は人体は、『機械論(きかいろん)』だけでは語れない!』「第5章 記憶の設計図」❺「福岡伸一動的平衡3 チャンスは 準備された心にのみ降り立つ」を読む
❺『生体は人体は、
『機械論(きかいろん)』
だけでは語れない!』
「 第5章 記憶の設計図
ゴルジ体の謎
ゴルジ体、という言葉を聞いたことはあるだろうか。
たとえば高校の生物学の時間。
細胞の中にはミトコンドリア、
植物なら葉緑体、
そしてゴルジ体などの細胞内小器官がある。
ミトコンドリアはエネルギー生産、
葉緑体は光合成、
そしてゴルジ体は分泌に関わっている。
教科書にはそんなふうに説明されている。
ミトコンドリアや葉緑体に比べて、
ゴルジ体は影が薄い。
ミトコンドリアや葉緑体は特別な形と模様を持った立派な構造物としてある。
しかしゴルジ体は、まるでいくつかの筋のうろこ雲が寄り添ったような、
おぼつかない不定形の存在である。
その役割も「分泌に関わる」とあるが、
どうも意味がよくわからない。
実際、細胞を顕微鏡で見たとすると、
ゴルジ体は一定の形をとっておらず、極めて影が薄い。
ほんとうにあるかどうかもよくわかならい。
細胞の中の物質の輸送、
そして細胞の中から外へ向けての分泌を詳細に解析した
ことで有名になった細胞生物学者ジョージ・パーラディも、
最初、電子顕微鏡で細胞を観察した際、
藻ずくのようにしか見えないゴルジ体は、
実際の途中に生じた人工的なノイズではないか、と考えた。
これは科学においてはよく起こる。
顕微鏡観察に当たって科学者は細胞を薄くそぎ切りにして切片をつくる。
この際、サンプルの一部に小さなしわが寄ることがある。
このしわが本来はそこになった影を作り出し、
何らかの構造物が存在するように見せてしまう。
あるいは細胞の様子をよりくっきり浮かび上がらせるため、
科学者は細胞を化学物質で染色する。
このとき、化学物質はしばしばダマになって
一か所にかたまったり、淀んだりすることがある。
するとこの場合もやはりそこに何か特別なものが存在しているように見えてしまう。
このような人工物は、
実験上の「アーティファクト」と呼ばれる。
パラーディは、細胞の中に時に認められるもの
――ゴルジ体――はアーティファクトの一種ではないか、
と考えたのだ。
後になって彼は、この考えをあらため、
ゴルジ体の実在性と重要性を立証したのだが、
それはまたずっと後の話である。
ゴルジ体を語るとき、
その名の由来であるゴルジ氏については語らなければ始まらない。
カミッロ・ゴルジは一八四三年七月七日、
イタリア北部のゴルジ村に生まれた。
日本でいえば江戸時代が終わりかけの頃である。
彼は医学を志し、その勉強の過程で基礎生物学に興味をもった。
当時の生物学研究はとにもかくにも、
顕微鏡でミクロな細胞の様子を詳細に調べることが主流だった。
それ以外に方法がなかったのである。
顕微鏡は肉眼では見えない微小世界を探索するすばらしい道具だった。
一七世紀、オランダのアントニ・ファン・レーウェンフックが
そのパイオニアをして、
単眼レンズの手作り顕微鏡で
水中の微生物、血球、精子などを次々に発見した。
その後、凸レンズを組み合わせて
倍率を挙げる複式顕微鏡の改良が進み、
ゴルジの時代、
一九世紀にはかなりの進歩がもたらされていた。
虫メガネで細かい字を拡大して見るときと同様、
顕微鏡でも、フォーカスが合ってくっきり観察するためには、
レンズと対象物の距離がぴたりと合う必要がある。
顕微鏡では倍率が高いぶん、これがさらに微妙な問題となる。
ちょっとでも前後に外れるとピントがずれ、ぼやけてしまう。
そして倍率を上げれば上げるほど視野が狭くなり、暗くなる。
だから調べようとする対象物は、光を通し、焦点が合うように、
できるだけ薄く、フラットでなければならない。
でこぼこだったり、曲がっていたり、
厚みが途中で変化していると焦点距離がずれて見えなくなってしまう。
そうならないためには、料理技法のかつらむきをさらに極めたような、
ミリ以下のそぎ切り技術が必要となる。
しかも生物試料は、
ダイコンやキュウリみたいにパリパリしていることはむしろ珍しく、
やわらかいけれど、弾力があったり、逆にもろかったりする。
細胞は豆腐のようにプニョプニョしている。
それをそぎ切りにするなんてことは、土台無理。
そこでやわらかいものを硬く固める方法が考案された。
これは簡単にいうと蝋(ろう)に封じ込めてしまうという技法である。
固めてから鉋がけ(かんながけ)するように薄くそぐ。
ゴルジの時代にはすでにここまでの技術はできていた。
この先にもうひとつ大きな課題があった。
生物の組織や細胞はほとんどの場合、
透明すぎるほど透明なのである。
薄くそいで顕微鏡で覗いても、
そこにはうっすらラップのようなものが広がっているだけで、
詳しい実態はつかめない。
ゴルジは様々な薬剤を試して、
なんとか細胞の輪郭線を浮かび上がらせようとした。
あるとき、硝酸銀と重クロム酸で細胞を処理すると、
網目状の構造が黒々と染め出されることが判明した。
これは銀塩写真の現像と原理的に似ていて、
クロム酸銀の粒子が細胞の膜に沿って沈着することによって生じる。
この方法はゴルジ染色と呼ばれるようになる。
ゴルジはこの方法を駆使して細胞を詳細に観察し、
その内部に浮かぶ不定形の膜構造を見つけた。
これがゴルジ体だった。
しかし、その後、何十年にもわたって
ゴルジ体の存在は不確かなものであり続け、
一時は、アーティファクトであるとさえ考えられたのだった。
ゴルジとカハール
ゴルジ染色が大きく役立ったのは
人間の組織研究の中で特に脳の解析だった。
それまでは
脳はたくさんの脳細胞から成り立っていること
まではわかっていたが、
それがどれくらい、どんなふうに絡まり合っているのかは、
脳があまりにもぷよぷよしていて、
脳細胞はごく細く透明だったため、
だれも十分に究明できないでいたのだった。
ゴルジ染色によって、
脳が実は、
神経細胞による網目状のネットワーク回路を構築しているということがわかった。
この回路を電気が流れることによって、脳が機能するのだ。
これはゴルジによるネットワーク説と呼ばれるようになった。
しかし、大御所ゴルジのこの説に、異議を唱える若手研究者が現れた。
サンチャゴ・ラモン・イ・カハールという無名のスペイン人研究者だった。
スペインの田舎で育ったカハールは、幼い頃から絵を描くのを好み、芸術家を夢見ていた。
しかし町医者だった父は、息子にもっと現実的な道を歩ませたいと考えた。
あるとき父は一計を案じた。解剖の様子を息子に見せたのである
筋肉の配置。血管の走行や枝分かれ。神経の分布。
カハールは、そこに息をのむような自然の造形美を見つけた。
彼は地元の名門サラトガ大学の医学部に学び、解剖学を志した。
カハールは、当時すでに名をなしていたイタリアのゴルジの業績を知った。
脳の神経を鮮やかに可視化するゴルジ染色。
彼はこの方法を身につけ、改良し、顕微鏡で脳を調べ、克明な観察を行った。
そのうちカハールは先駆者ゴルジの主張に疑問を持つようになる。
ゴルジは、ゴルジ染色によって脳の神経を染め出し
、それが互いにつながり合って網目状のネットワークを構築していると考えた。
この精妙な神経回路こそが脳の基本構造である。
この回路を電気が流れることによって私たちは瞬時にものを考えたり、
運動を起こしたりすることができる。それがゴルジの説だった。
しかし、とカハールは考えた。
ネットワーク説はすべてを説明しているように見えるが、その実、何も説明していない。
もし電気回路の電線がすべてつながっていたら、
電気はいったいどんな風に流れればいいだろう。
どんな風にでも流れ得て、たちまちショートしてしまう。
脳の内部を秩序だてて電気が流れるためには、もっと精妙な仕組みが必要だ。
カハールは、ゴルジ染色によって丹念に神経の配置を調べ、次のように結論した。
神経は一本一本、一つの細胞として独立している。
神経細胞は、細長い紐状だったり、
たくさんの突起が飛び出したりして、
互いに連結しているように見えるが、
実は、完全に融合していて一本化しているわけではない。
くっつきそうなほど接してはいるが、わずかな隙間がある。
この隙間によって電気はいったん止められる。
カハール・記憶・イシグロ
一九〇六年、ノーベル賞委員会は、
神経組織の解剖学的研究に寄与したことに対して、
ゴルジとカハールにノーベル医学賞を同時に授与した。
この分野の立役者ゴルジにとって
ノーベル賞はもちろんある意味で当然ではあったが、
あとからこの分野に入ってきた
――ゴルジからみると文字どおりの新参者だった
――カハールとの同時受賞がとても不満だったようだ。
ゴルジはノーベル賞の受賞講演でもなお自説
――神経回路が網状につながっていること
――を強硬に主張し、カハールの寄与については一言も触れなかった。
カハールはその後も、ゴルジのこの頑なな態度に苦しめられた。
カハールはこんな風に述懐している。
「自然界の謎と闘うのではなく、
他人と闘うことのなんたるむなしさよ。
私たちは離れようとも離れなれない
シャム双生児のような皮肉な運命のうちにある
・・・・・・」
絵心に優れ、文章家でもあったカハールはたくさんの著作を残している。
論文に描かれた
彼の手による神経回路の顕微鏡スケッチも驚くほど細密で、美しい。
顕微鏡だけでなく、望遠鏡にも凝って、夜空の星を眺めるのが好きだったという。
カハール説、
つまり、脳の構造の基本単位としてのニューロン(神経細胞)と
ニューロン間の隙間(シナプス)は、
今日、揺るぎない真実として確立されている。
ニューロンを電気がすばやく流れ、
シナプスのところで、止めたり、流したり、
強めたり、弱めたりすることによって電気信号が調節される。
これがほんとうの脳の構造であり、シナプスの機能は脳研究の焦点である。
記憶の実体もニューロンとシナプスに支えられている
、ニューロン同士がシナプスによって連結され、
その回路に電気が通ることによって、私たちは何かを考え、何らかの行為をなす。
考えや行為を繰り返せば、この回路に電気が通る回数が増え、
シナプスが増強され、より電気が通りやすくなる。
こうして特定のニューロンとシナプスの回路が脳の中で強化されることが、
すなわち記憶が強化されることである。
私たちの身体を構成する分子や原子は
絶え間のない合成と分解を最中にある。
動的平衡(どうてきへいこう)である。
それゆえ、もし記憶が脳の中で作られた物質
――たとえばタンパク質
――によって蓄積されているとするなら、
その物質もまた、絶え間のない動的平衡に晒されるわけで、
たちまち消え失せ、記憶を保存することなどかなわない。
だから記憶は物質のレベルで保存されるのではなく、
もっと上位のレベルで保存されているはずだ。
その答えがまさに、
記憶はニューロンとシナプスの回路によって保存されている、
というものだった。
ニューロンもシナプスもたくさんのタンパク質から構成されている。
そのタンパク質はどれも動的平衡の中にあって合成と分解を繰り返し、
絶え間なく更新されているが、
ニューロンとシナプスの回路の全体像さえ保存されていれば
――それを構成している個々の要素が入れ替わったとしても
――記憶は保存されることになる。
とはいえ、最近の研究によれば、
記憶自体も実は更新されていることが明らかになってきている。
私たちが何かを考えたり体験すると、
脳の海馬(かいば)
と呼ばれる部位で、
まずニューロンとシナプスが回路をつくる。
それが記憶の原型となる。
そして、ここから重要なのだが、
海馬で作られた記憶の回路は、
大脳皮質に書き写され、
ここで、新しいニューロンとシナプスの回路が形成される。
そして海馬のほうの回路はクリアされる。
これは大まかに言えば、短期的な記憶と長期的な記憶に対応している。
大脳皮質に保持された記憶の回路は、
しかしずっと一定に保存されているわkではない。
思い出すたびにいったんシナプスが不安定化され、
再度、固定化されることが明らかになったのだ。
「記憶は死に対する部分的な勝利である」
とは、イギリスの小説家カズオ・イシグロの名言である。
記憶だけが、流転し、
消滅しつづける世界に私をつなぎ止め、
私が私であることを証してくれるものであると。
しかしその記憶ですら、
思い出すたびに揺らぎ、
変容しているのである。
記憶が美化され、
目撃証言が変遷するのも当然といえば当然なのだ。
カズオ・イシグロがいみじくも
勝利は「部分的」でしかない、
と言ったことの重さがあらためて思い知らされるのである。
カミッロ・ゴルジ(左)
とサンチャゴ・ラモン・イ・カハール(右)
記憶は遺伝するか
米国のエモリ―大学の
ブライアン・ディアスとケリー・レスラーの研究チームは次のような実験を行い、
二〇一三年一二月一日に論文を発表した。
実験用のマウスに対して、
まずアセトフェノンの匂いをかがせる。
アセトフェノンはサクラの花びらの香り。
マウスにとっては普通の飼育環境では体験することのない新しい匂いである。
その直後(ちょっとかわいそうなのだが)、
飼育箱の床に電流を流して、びりっと電気ショックがやってくる仕掛けになっている。
これを何度か繰り返し行う。
するとマウスは、サクラの香りがすると痛い目に遭う、
ということを憶えて、身をすくめるようになる。
これを
「条件づけ」
と呼ぶ。
あるいは
「条件反射」
という言葉のほうがより一般的かもしれない。
鈴の音がすると食事がもらえるように条件づけすると
、鈴の音がするだけでよだれを垂らすようになる、
というパブロフの犬の実験で有名な、条件反射である。
条件反射は私たち人間にだって起こる。
梅干しを見ると、見ただけで唾がわいてくる。
それは、梅干しはとても酸っぱいものだという条件づけによる。
さて、マウスの実験である。
このときマウスの脳の中ではどのようなことが起きていると考えられるだろうか。
本来、アセトフェノンのサクラを思わせるいい香りと、
電気ショックとのあいだには何の関係もない。
しかし、条件づけによって、この二つに関係があることをマウスは学習させられた。
つまり、記憶がつくられたわけである。
記憶の正体は、脳内のニューロン(神経細胞)
とシナプス(神経と神経をつなぐ情報連結装置)からなる回路であることを先に述べた。
だから、マウスの脳内には新しい神経回路が形成されたと考えられる
すなわち、アセトフェノンの匂いを感知する
レセプターの信号を受け取る嗅覚の神経細胞と、
それを感知するとまもなく電気ショックがやってくるという
痛みや電流を検知する神経細胞が、条件づけされたマウスの脳内に作り出された、と考えられる。
ここまでは特に何の目新しさもない話である。
これだけでは論文を発表できる新しさはどこにもない。
ディアスとレスラーの実験が世界中の注目を集めた理由はここから先にある。
彼らは、条件づけされたマウスの次の世代と、
その次の世代の行動を調べてみたのである。
すると意外なことが判明した。
条件づけをしたマウスの子孫たちに対して、
同じようにアセトフェノンをかがせたあと、
電気ショックがくるという「学習」をさええてみると、
より敏感に条件づけされるようになったのである。
すなわち、ずっと低い濃度のアセトフェノンに対しても、
これにおびえるようになった。
彼らは注意深く、いくつかの可能性を排除する確認を行っている。
まず条件づけされた親は、
条件づけを行った時点ではまだ妊娠をしていなかった。
つまり母胎にいるときに経験したことではない。
それから特別に鼻がよく利くようになったわけでもない。
他の匂いを使った実験を行い、比べてみると、ア
セトフェノンに対してだけ鋭敏におびえることがわかった。
さらに彼らは、条件づけした父親マウスの精子採取し、
その精子を使って人工授精を行い、
人工授精によってできた次世代でも実験を繰り返した。
するとやはり、アセトフェノンに対しる恐怖は、
より鋭敏になっていたのだ。
つまり母体からの影響、
あるいは母親の卵細胞由来の何かに要因があるわけではない。
父親からは精子のDNAしか伝達されない。
これは一体、何を意味しているのだろうか。
極めて端的にいえば、記憶が遺伝している、
という驚くべきことが示されていたのである。
しかし、条件づけによって形成された神経回路、
つまり、鼻の嗅覚レセプターによる匂いの検出
→脳がそれをサクラの香りと識別
→恐怖体験との照合
→電気ショックを予期して身構える体勢をとる、
という回路そのものが遺伝したわけではない。
学習や県警によって形成された記憶は、
その一世代かぎりのものであり、次の世代には遺伝しない。
世代を超えて遺伝したと考えらるのは、
このような条件づけがより容易に形成されるための「下地」である。
親の世代で体験したことは、
サクラの香りが、危機の予知のための重要な手がかりになる、
ということだった。
だから、子孫はサクラの香りに対してより鋭敏に反応することができれば、
より有利に危険を回避し、生き残るチャンスが増えることになる。
サクラの香りに対してより敏感になるためにはどんな準備が必要だろうか。
サクラの香りを感知する嗅覚レセプターの数を増やす。
あるいはここから脳に伸びる嗅覚神経細胞の数を増やす。
その間にあるシナプスの連結を強化する。
そのような「下地」を用意しておけばよい。
研究者たちは、実際にDNAを調べてみた。
この実験の巧みなところは、サクラの香りを条件に選んだことだった。
嗅覚レセプターはマウスの場合、数百種類もあり、
どの匂いにどのレセプターが関与しているか、ほとんどわかっていない。
しかし、サクラの香り(正確にはアセトフェノンという化学物質)
に対する嗅覚レセプターはきちんと特定されていたのである。
親マウスから子マウス、孫マウスへと伝達される
精子のDNAの嗅覚レセプター遺伝子を解析した結果、
レセプター遺伝子のDNA配列(遺伝暗号)自体には変化はなかった。
つまり突然異変はなかった。
しかしエピジェネティックな差異が見られたのである。
DNA自体ではなく、DNAの働き方を調節する情報が
隠れた形でDNAに書き込まれていることがわかってきた。
それがエピジェネティックである。
今、DNAを音楽の楽譜のようなものだとしよう。
一音一音の音符の音程と長さがDNAの遺伝情報である。
音符が書き換えられること、つまり突然変異が起こると、
音程と響く長さが狂って、曲が大きく変わってしまう。
しかし、音程と長さを変えないまま、
曲に変化をつけるやり方がある。
五線譜の欄外に、速く、大きく、元気よく、生き生きと、などというように、
曲想や演奏のやり方を指定する注意書きを欄外に書き込むのだ。
逆に、静かに、ゆっくり、だんだん弱く、などといった指定もできる。
これとまったく同じような注意書きにあたるものが、
DNAにも多々存在することがわかってきたのだ。
そのひとつが、
メチレーション
という小さな化学的修飾がDNAに施されること。
DNAにメチレーションがたくさん入っていると、
一般的に遺伝子の活性が抑制される。
メチレーションが抜けていると遺伝子が活性化されやすくなる。
メチレーションの多寡はその生物がどのような環境で生きたか、
どんな体験を経たかで変化すると考えられる。
実際、サクラの香りで恐怖体験を条件づけされた
マウスの生殖細胞の嗅覚レセプター遺伝子では、
メチレーションが少なくなっており、
より活性化されやすくなるような変化が起こっていたのだ。
生物は環境とのやり取りを通じて、
よりよく生き抜くための適応的な形質を獲得する。
これが次の世代にまったく生かされないのがあまりにももったいない。
生物は、次の世代の自由度を拘束しない範囲で、
しかし獲得形質を有効利用できるように、
エピジェネティクスのレベルで情報を伝達する仕組みを編み出していたのだ。
獲得形質の遺伝について、新しい光が当たることになった。」
『次のサイトは
簡潔に要約されているので
時間のない人は
こちらを閲覧するのが良いと思います。』
つづく・・・2025/7/16/
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