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高市総理(たかいちそうり)率(ひき)いる自民党が「圧勝(あっしょう)した」理由は、下記❶に記載転載(きさい てんさい)します。この分析が古今東西、一番優れていると感じます・・・②ではじゃあ国民はどう対処していくのか?に関して、基盤となる「副島理論・言論」を記載転載(きさいてんさい)しておきます。・・・日本国民は、どうも、今から気を引き締めて腰を落として、『騙(だま)されない』で生き抜かねばなりません。


❶今回の衆議院選挙の裏で、今は暗闇(そのうちに多くの国民が認識する様になるが)で実行されている「不正」について・・・

副島隆彦 投稿日:2026/02/07 06:33 

【3214】金、銀の値動きの事。それから、またしても不正選挙が行われる。

副島隆彦です。今日は、2026年2月7日(土)です。

まず初めに、金、銀の 価格の乱高下のことを書く。
金は、6日の終わり値で、⁠下の載せるロイターの記事の通り、「1オンス=4848.25ドル」。銀は、「前日比7%高の1オンス=72.44ドル」だった。日本国内で金の小売りは、1グラム=2万5千円ぐらい。銀は、1グラム=500円ぐらいだ。

金貨(ゴールド・コイン)、銀貨(シルバー・コイン)では、金貨は現在、1枚(1オンス=31.1グラム)が88万円前後。銀貨は2万円ぐらいだ。 私、副島隆彦が、1月15日に、この重たい掲示板に「急いで銀貨を買いなさい」と書いたときには、1枚1.8万円ぐらいだった。 それからすると、少しだけ上がっている。
私、副島隆彦が「銀貨を買いなさい」と書いたので、全国で数万人の人が、コインパレス社と野口コインのオンライン・ショッピングで買った。それで現在も在庫が少なくなっていて(一時期、売り切れた)、客の殺到で手間取っていて、購入者への配達、到着が遅れている。 まだ届かない人は、安心して待っていてください。

(転載貼り付け始め)

〇 「 金・銀が上昇、株安で安全資産需要 」
2026年2/6(金) 18:32   ロイター

Ishaan Arora [6日 ロイター]   金と銀は6日、上昇。世界的な株安で安全資産への需要が高ま‍った。 金現物は0758GMT(日本時間午後4時58分)時点で1.6%上昇し⁠1オンス=4848.25ドル。ニューヨーク金先物4月限は0.4%安‍の4870.10ドル。 銀現物は序盤のアジア取引で約10%急落して65ドルを割り込み6週‌間超ぶり安値を付けたが切り返し1.7%高の72.44ドル。週間では約15%の下落となる見込み。先週も18%下落していた。

中国で唯一の銀先物ファンドであるUBS・SDIC銀先物ファンド は10%の値幅制限いっぱい下落し、6営業日連続の下落となった。 ANZのアナリスト、ソニ・クマリ‌氏は「金・銀の調整は旧正月直前⁠という適切なタイミングで起きた。これにより中国消費者の買いが増え⁠る可能性がある」と指摘した。‌ただ目先、弱気ポジションの解消があ‌る程度進むまでは不安定な状況が続くとの見‍方‍も示した。 CMEグループは5日、金‌と銀の取引について証拠金要件を引き上げた。

(転載貼り付け終わり)

副島隆彦です。  私が、今日、皆さんに伝えるべき大切な、たったひとつのことは、現物(実物)のコインの値段は、NYの ペイパー・マネー(紙のお金)市場での、金、銀の価格の動きにそれほどは引き摺られない、ということだ。金、銀の急落と、そのあとの反発の再上昇に、現物の値段は直対応しない。
上記の記事の中の金、銀の価格は、NYのCOMEX(コメックス・シカゴマーカンタイル取引所CME の子会社)市場で決められている価格だ。このCOMEX取引所の機能が目下、壊れつつある。

皆さんが知るべき、一番、大事な事実は、世界中で、銀貨(シルバー・コイン)が払底(ふってい)していて、すでに品切れ(sold out ソールド・アウト)になっている事実だ。 中国では、現在、上海黄金市場で、1オンス=120ドル台で取引されている。それが、NYのCOMEXの先物(さきもの)市場と、銀ETF(イー・ティー・エフ 上場投資信託と訳す)という2つのパイパー(紙、契約だけ)の市場では、1オンス=72ドルだ。 この差額の50ドルを「上海プレミアム(割り増金)」と業界では言っている。

インドでは、現物の銀は、1オンス=140ドル台だ。インドの民衆がコインショップに詰め掛けて大騒ぎのままだ。 もっと高い200ドルぐらいでも先を争って買っている。 中東アラブ諸国でも、ヨーロッパでも、アメリカ国内でも、銀貨や銀の延べ板(バー)は、すでに品切れで買えなくなっている。
こういうおかしなことが今の世界で起きている。 ですから、現物(リアル、フィジカル)の銀貨を自分で買って手元に置いている人たちは何の心配もない。これから、どんどん銀貨は上がって行く。これらのことを私は、最新刊の「金を握りしめた者が勝つ」(祥伝社、2月2日刊)で書いた。

なぜCOMEXという先物(さきもの)市場と、ETF(その代表が、SPDR スパイダー・ゴールド・シェア取引所)で、銀が、こんなに勝手に暴落したり、再度反騰(はんとう)したりしているか、と言うと。 NYの7つの大銀行たちが、自分たちが、これまでの20年間にずっと抱えてきた、銀の先物での空売り(short position ショート・ポジション)の建玉(たてぎょく、取引残高)を、とにかくなるべく安くで、必死になって買い戻して、契約を解消しなければいけないからだ。そうしないと、この7大銀行たちは、それぞれが、80億オンスとか40億オンスとかの大量の空売りの残高を抱えているから、銀が高騰を続けると、首を絞められるように、大損を出す。

その損失額は、一番の大手の JPモルガンとゴールドマンサックス、そしてバンクオブアメリカBkofA は、それぞれが300億ドル(5兆円)ぐらいの損を出す。それを、踏み上げ (short squeeze ショート・スクイーズ) と言って、契約を解消できなくなって、自分の首を締め上げられるようになる。
だから、これらの7大大銀行(上記の3つの他に、ウエルズ・ファーゴ=駅馬車から始まった、モルガン・スタンレー、HSBCなど)たちは、先物とETFというペイパー・ゴールド(紙切れの金)市場での銀価格を、無理やり押し下げて、それで、おそらく1オンス=30ドルぐらいで空売りしている分を、必死になって、何とか、倍の60ドル台で、売って契約解消をしている。

だから今度の、1月30日からの、金、銀、プラチナの急落相場が起きたのだ。いや、アメリカ政府(財務省、FRB)も共同で、仕組んで、「何とか、大銀行たちを苦境から助け出さなければ」と動いている。

これらの事実の経過の詳細 を、私は、1月2日から、ここの重たい掲示板に書いて来た。 これ以上のむずかしいことは書かない。
大事なことは、すでのアメリカ帝国の金融センターであるNY(ニューヨーク)で、重要鉱物(クリティカル・ミネラルズ)の価格は、実質的には決められていない、ということだ。本当は、金、銀を世界で一番、大量に扱っている、中国の上海黄(おうごん)市場SGE が、本当の値段を決めている。現物(げんぶつ)の取引で価格は決まるべきだからだ。 価格決定力(価格支配力)がNYにはなくなりつつある。

このようにして、銀の踏み上げ(首絞め)を回避するNYの大銀行たちの仕組まれた緊急避難劇が終ったら(これに伴う、NYの博奕打ちたち建玉のふるい落としも行われる)、銀は上がり始める。なぜなら世界中で、銀の現物は市場に出てこなくなりつつあるからだ。 まずテック企業の太陽光発電や半導体やEVを作っている先端企業たちが、自分たちの製品に不可欠の素材としての銀を世界中から搔き集めている。

そして、トランプが、国家安全保障に関わる戦略鉱物(せんりゃくこうぶつ、ストラテジック・ミネラルズ)としてレアアースの他に銀を、最近の発表で加えた。これで国家備蓄を始めると宣言した(1月8日、大統領令に署名した)。そして、ペルーとメキシコを始めとする世界の主要な銀鉱山たちが、売り惜しみを始めた。だから市場(マーケット)に出る前に、銀の現物は各所で買い占められている。だから、まだ銀貨が市場価格で売られている日本は、奇妙な国だ。

1月15日に、私が書いた通り、アメリカの国家造幣局(US Mint ユーエス・ミント)が、1月17日に、「銀貨は、1枚173ドルでなければ販売できない(原料の仕入れと手数料で)」と発表した。今も、アメリカ全土のメガスーパーのCOSTCO(こすこ)の金貨、銀貨は、ずっと売り切れのままだ。 私たち日本人は、世界で何か起きているかを、知らなければいけない。

次に、8日投票の衆議院選挙の結果の予測を書く。
ワルの米高官のエルブリッジ・コルビー(No3である 米国防省次官 アンダー・セクレタリー)が日本に来ていた。こいつが日本で暗躍して、何をやっていたか。
またしても日本で不正選挙(voter fraud ヴォウター・フロード)の準備をしたのだ。

(転載貼り付け始め)
〇 「 コルビー米国防次官が防衛・外務次官と協議 防衛費、具体的議論せず 」
2026年1月28日   日経新聞

(ここに記事の中のコルビーの写真を貼る)

大和太郎防衛次官は28日、来日中のコルビー米国防次官(政策担当)と会談した。日米同盟の抑止力・対処力を強化する方策を話し合った。防衛省によると、日本の防衛費について特定の金額や結論を念頭においたやり取りはなかった。コルビー氏は船越健裕外務次官とも個別に協議した。
大和氏とはインド太平洋地域の安全保障環境を巡り意見交換した。南西諸島と台湾、フィリピンを結ぶ「第1列島線」が念頭にあったとみられる。

コルビー氏は会談前、X(旧ツイッター)で米国の国家防衛戦略などに沿って抑止力の強化を議論する意向を示していた。同戦略は日本を含む同盟国に国防費を国内総生産(GDP)比で5%まで引き上げるよう求める内容を盛り込んだ。来日の前には韓国を訪れ、安圭伯(アン・ギュベク)国防相らと会談した。

(転載貼り付け終わり)

副島隆彦です。 上掲とは別の記事にあるが。 2025.11.4の 米議会の公聴会で 「 上院議会の公聴会では与党・共和党を含む上院議員から国防総省ナンバー3のコルビー国防次官(政策担当)への批判が相次いだ。議会への情報共有が不十分だとして、共和党のティム・コットン上院議員はコルビー氏のチームを「豚小屋のような混乱状態にある」と批判した 」が重要だ。

マルコ・ルビオ国務長官も、ピート・ヘグセス国防長官も、このコルビー次官に、極東(東アジア)の防衛、軍事問題は丸投げしている。
この大(だい)ワルのコルビーが、日本の政治に、またしても不正選挙を仕掛ける。 メディア(テレビ、新聞)は、「与党が300議席を取る」という国民扇動の結果予測を流している。参政党、国民民主まで与党に入れて、そして、465議席のうちの3分の2を取らせて、それで、高市・統一教会政権に、「憲法改正へ」の動きを始めさせる。この真冬の総選挙も、アメリカが始めから仕組んでやらせたものだ。 日本人は、シーンとなって動かない。
一部の反共右翼(統一教会とその変態たち、がその中心)たちだけが、アメリカに動かされて、「国防をしっかりしないと、日本は危ない」の掛け声を掛けて、日本人を扇動している。それで、憲法改正へ、だ。私たちは、この動きに、いよいよ身構えないといけない。

コルビーは、東京で、駐米大使の 、こいつもヘッジファンド(博奕打ち)あがりの、ジョージ・グラスと、 それから、富士ソフト(秋葉原に本社。選挙用の票掲載のソフトも作る)を6千億円で創業家から買い取った、一番ガラの悪いハゲタカ(乗っ取り)ファンドのKKR( ケイケイアール)の会長のヘンリー・クラビスと、それから、伊藤穣一(いとうじょういち。Joi Ito 。エプスタイン島の常連)と、それから斎藤ジン(LIBTQで、NYのヘッジファンドの親玉たちへの助言業者)が、まとまって、今度も、不正選挙の準備を着々と整えた。

今度も、富士ソフトの「ムサシ」という違法集計ソフトを導入して、衆議院選挙の全国の得票を、彼らのいいように弄(いじく)り回す。「ムサシ」は、米国製の「アリストス・システム」という違法集計マシーンの日本改良版だ。誰を受からせ(当選させ)て、誰を落とすかまで決める。日本の言論人で、このことを、はっきり書くのは、私、副島隆彦だけだ。今、書いておかなければ気が済まない。私は、後(あと)出しじゃんけんの、後(あと)講釈はしない。私が。このように書かなければ、日本国が暗闇に沈むからだ。

トランプ大統領自身は、「あまり日本を中国に嗾(けしか)けるな」と言う立場だ。
トランプは、この4月に、北京に行って、習近平と会談する。2人は、真実は何を話すか。それは、「台湾をいくらでアメリカが中国に売るか(引き渡すか)」だ。 それが、5兆ドル(750兆円)なのか、最大10兆ドル(1500兆円)なのかを、そろそろ決めないといけない。 アメリカが中国に対して持っている米国債(アメリカの大借金)の残高20兆ドルのうちの半分を、「チャラにするために、台湾をアメリカが譲り渡す」という話だ。

そして、アメリカは、グアム、ハワイの領土、領海まで国防線を引き下げる。それを第2列島線と言う。日本国は、フィリピンと共に、この第2列島線の内側で中国側だ。 これを、別名、ウエスト・パック( West Pac 西太平洋)の海域という。これの管理権、支配権を、中国に引き渡す、ということでもある。 これらのことを、私は、近刊の 『中国はアメリカに戦わずして勝つ』(ビジネス社、2025年10月刊)に詳しく書いた。今からでも買ってしっかり読みなさい。

だから、トランプは、高市と電話で話すたびに、「高市よ、中国とケンカするのはやめなさい。もっと穏やかにやりなさい」と宥(なだ)めるように言う。「自分は、習近平と穏やかに話し合って、決めてゆくつもりだ。中国に対して、あまり波風を立てるな」と。

ところが、アメリカの軍事、外交政策では、コルビーのような凶暴な人間を使って、中国に日本を盛んに嗾(けしか)ける。その尻馬に乗った、反共右翼(統一教会たち)の500万人の日本人が、「中国と戦うぞ」と意気盛んになる。

ところが、トランプ自身は、「まあ、待て待て」とそれを諫(いさ)めて、手綱(たずな)を引っぱる。この硬軟の両方のやり方で、よく分かった上で、日本を操(あやつ)る。これが今のアメリカのやり方だ。 中国にしてみれば、日本が、アメリカの言いなりのまま、軍備を増強されるのは、実にイヤなことだ。このようにして、トランプは、日本を中国との交渉材料(カード、card )のひとつに使っている。 コルビーは、「日本は、GDPの5%を国防費に出せ、使え」と、公然と言いに来た。日本のGDPは、5.2兆ドル(30年前と変わらない。円安なので800兆円だが、国内では600兆円)の5%は、30兆円だ。これで、今度は、「トマホーク」という500キロまで届く中距離弾道ミサイルを、与那国島、石垣島とかに配備する、となっている。

副島隆彦です。最後に、金と銀の動きで、のちのちの証拠として、新聞記事3本をを貼って載せて置く。 一喜一憂しないで、ゆったりと構えていなさい。私が本に書いた通り、銀貨(シルバー・コイン)は、今の10倍になります。2年もかからないだろう。 知能の高い人は、私が、15日にここに書いた文を、もう一度、しっかり読み直しなさい。そこに「これからのアメリカが取る(取らざるを得ない)金融、経済の大改革」が書いてある。

それは、一言で、「ドルと言うお金(お札)を消し去って、新しいトークン型の デジタル通貨を作る、動きを急激に始めた」である。それによってしか、アメリカは、これまでの巨額の隠された国家借金を踏み倒して( deb restructuring デット・リストラクチュアリング)生き延びることは出来ない。
副島隆彦拝

(転載貼り付け始め)

〇 「 銀相場が一時16%余り急落、2日間の上げを帳消し-金も下落 」
Silver Plummets More Than 16%, Erasing a Two-Day Recovery
2/5(木) 12:17  ブルームバーグ

(ブルームバーグ) 銀相場は5日に急落。この2日間で回復を見せていたが、歴史的な暴落後の底値がなかなか見つからない状態が続いている。金も下落した。
銀の現物価格は一時16.6%下落。アジア市場の取引序盤では一時1オンス=90ドルを上回る水準まで回復していた。金の現物価格は値動きの荒い中で一時3.5%下落した。
オーバーシー・チャイニーズ銀行のストラテジスト、クリストファー・ウォン氏は「地域の株式や金属を含む多くの資産クラスで、センチメントが軟化しているようだ」と述べた。

貴金属相場は先月、投機資金の流入や地政学リスク、米連邦準備制度理事会(FRB)の独立性を巡る懸念から急騰した。だが上昇局面は先週末に暗転。先週1月30日には銀が過去最大の下落率を記録し、金も2013年以来の大幅安となった。
市場は次期FRB議長に指名されたウォーシュ氏の政策運営を注視している。トランプ大統領は4日、同氏が利上げを望む姿勢を示していたなら、次期FRB議長に指名しなかっただろうと指摘。FRBが利下げを行うことに「さほど疑いはない」とも述べた。利息を生まない貴金属にとって、利下げは追い風となる。
スタンダードチャータードのスダクシナ・ウニクリシュナン氏らアナリストはリポートで「金融政策の見通しについてより大きな確実性が得られるまで、価格変動は激しい状態が続く可能性が高い」と分析。上場投資商品(ETP)の解約売りが下げを主導しているが、構造的な上昇要因は崩れておらず、再び上昇基調に戻ると予想している。

シンガポール時間午前11時18分(日本時間午後0時18分)現在、銀は約12.7%安の76.9495ドル。金の現物は2.1%安の1オンス=4859.20ドル。プラチナとパラジウムも売られた。ブルームバーグ・ドルスポット指数は0.1%上昇。

〇 「 金現物2.5%安、銀は15%急落 ドル高や米中摩擦緩和の兆しで 」
2/5(木) 15:33 ロイター

2月5日 5日の貴金属市場では売りが強まり、金が2%超下落したほか、銀は約15%急落した。
Ishaan Arora [5日 ロイター] – 5日の貴金属市場では売りが強まり、金が2%超下落したほか、銀は約15%急落した。ドルが約2週間ぶり‍の高値に上昇し、米中貿易摩擦に緩和の兆しが見られたことを受けた。 0535GMT(日本時間午後2時⁠35分)時点で、金現物は2.5%安の1オンス=4838.81ドルで推移した。米金先物4月物‍は1.9%安の4855.60ドルで取引された。 KCMのチーフトレードアナリスト、ティム・ウォーターラー氏は「ドルはウォーシュ‌氏の連邦準備理事会(FRB)議長指名で新たな息吹を得て、前進を続けている。最近の極端なボラティリティーを受けて、トレーダーは金に対してより慎重になっている」と述べた。

この日のドル指数は約2週間ぶりの高値を付け、ドル以外の通貨保有者にとって金は割高になった。 ま た、銀現物は14.9%急落し、1オンス=74.94ドルとなった。先週は121.64ドルの史上最高値を付けていた。 ニルマル・バ‌ン・コモディティーズの調査部長クナル・シャー氏⁠は「高値圏で産業需要が消失した。工業用バイヤーの大半は銀購入を停止しており、中国の太陽光パネル⁠メーカーでさえ代替品を探している」と述べ‌た。 トランプ米大統領と中国の習近平国家主席は4日、電話‌会談し、台湾問題や貿易など、多岐にわたる議題について協議‍した。‍トランプ氏は「非常に前向き」な協議だった‌とし、中国が米国産大豆の購入拡大を検討していると明らかにした。

〇 「 銀が17%急落──ビットコインで見られた清算主導の相場行動が再燃 」
Silver’s 17% plunge reignites market behaviour that once topped bitcoin liquidations

2/5(木) 14:10  コインデスク 【CoinDesk Summary】
銀(シルバー)は24時間で最大17%下落し、直近の反発分を失った。流動性が薄い環境と投機的ポジションの積み上がりを背景に、金(ゴールド)や銅も連れ安となった。トークン化銀の市場では大規模な強制清算が発生し、Hyperliquid上のXYZ:SILVERではロングポジション約1682万ドルが清算された。レバレッジが売りを増幅させている実態が浮き彫りになった。
ヘッジファンドマネジャーのMichael Burry(マイケル・バリー)氏は、暗号資産(仮想通貨)を担保とする価格下落がトークン化貴金属の売却を誘発する「担保のデススパイラル」を警告している。現在は、FRB(米連邦準備制度理事会)の政策見通しといったマクロ要因よりも、ポジショニングや強制的な巻き戻しの影響が市場を左右していると指摘した。

(転載貼り付け終わり)

副島隆彦拝

②日本国民が今からでも良いので、

認識しておくべき

重要な「概念(がいねん)」について

「2182」 「新共同幻想論(しん きょうどう げんそう ろん)」

の骨格(こっかく)を明らかにする

(第1回・全3回) 2025年3月3日

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  • 「2182」 「新共同幻想論」の骨格を明らかにする(第1回・全3回) 2025年3月3日

副島隆彦です。今日は2025年3月3日です。

今回から、私が本の企画として抱えている、新共同幻想論(しんきょうどうげんそうろん)について話す。

この新共同幻想論という言葉は、PHP研究所のO編集長が3年ぐらい前に私に企画として提案してくれた。私にとって、この「共同幻想」という言葉は非常に重要な言葉だ。

これは吉本隆明(よしもとりゅうめい、1924―2012年、87歳で死)が唱えた。私たち新左翼系、1960年代以降の左翼学生や青年たちにものすごく大きな影響を与えた戦後左翼の思想家だ。10年ぐらい前に死んだ。この吉本隆明は大変有名な人で、新左翼の日本の頭のいいインテリたちの内部でも、吉本隆明を理解した人と、最後まで吉本が分からなかったという人に分かれる。吉本が、一番重要な日本の戦後思想家だ。しかし社会的影響力はもう何にもない。

吉本隆明と副島隆彦

だから戦後の政治思想家といっても、消えてなくなったといえば本当はそれだけのことだ。ただし、そう断言できるほど私たちも甘くはない。吉本隆明が1968年に書いた『共同幻想論』という本があって、当時は爆発的に読まれた。左翼系のインテリの学者、知識人層は、ほぼ全員この吉本の共同幻想論を読んだ。

改訂新版 共同幻想論 (角川ソフィア文庫)

しかしさっき言ったように、理解できないという人は最後まで理解しなかった。私はその時まだ中学生だった。1970年から後の吉本隆明を、私は知っている。

1968年の東大全共闘というのがあって、これが重要だ。東大の安田講堂に学生たち400人ぐらいが立て籠った。そこを機動隊が、ワーっと取り囲んで放水車で水をかけて、最後は大学の教授会の許可を得て機動隊が突入した。立て籠もった学生たちは全部、警察に捕まった。死んだ人はいない。有名な話で、1968年6月17日のことだ。

東大全共闘が占拠する安田講堂

この闘争が1968年の1月から始まったから、その年は東大入試がなかった。その当時、東大法学部長だった丸山眞男(まるやままさお、1914-1996年、82歳で死)をはじめ、戦後左翼の、日本共産党も含めて、岩波文化人というのが存在した。あの岩波書店の岩波だ。東大・京大の、特に東大教授たちが中心に活動して、それを岩波朝日文化という。朝日は朝日新聞。

私はその新左翼の岩波朝日文化の申し子だ。中学時代から、岩波書店の岩波新書とか岩波文庫とかをずっと読んでいた。それから朝日新聞を読む。それが当たり前のことで、頭のいい子供たちは中学生ぐらいから読んだ。学校は、読め読め、感想文を書けと言った。普通の子たちは、読んだって訳が分からないに決まっている。だけど僕らは平気で読めた。そこが頭のいい子たちの世界だ。

丸山眞男

その岩波文化人の中では、丸山眞男がとんでもなく筆頭で威張っていて偉かった。東大闘争の時、丸山が法学部長だった。学生たちがなだれ込んで、彼の研究室まで行って、研究室の本をひっくり返してほうり投げたりした。

それに対して丸山眞男が「これはナチスドイツですらやらなかったことだ」と言って、その学生たちを批判した。学生たちは「造反有理(ぞうはんゆうり)」と言って反論した。これは中国の文化大革命の時に使われた言葉で、自分たち紅衛兵(こうえいへい)が、中国共産党本部に異議を唱えて反攻するのは、有理、理屈があるのだ、という意味だ。
東大全共闘とは、東大の全学共闘会議をいう。

「造反有理、革命無罪」のポスター

山本義隆(やまもとよしたか、1941年-、83歳)という東大物理学の理論物理学の助手をやっていた人がいて、この人が学生たちの代表選手だった。この後ずっと30年以上、駿台予備校で物理学を教え続けた。

山本義隆

「造反有理」という言葉が、東京大学の正門の表札の上に掛けられていた時期がある。1週間か2週間か、いや、2,3ヶ月ぐらい、この中国文化大革命の標語を掛けていた。そうやって学生が暴れたんだけど、暴れた連中は結局みんな捕まった。捕まって、もう犯罪者だから有罪判決を受けて、その後の人生は悲惨だったに決まっている。だけど人を殺したり殴ったりしたわけではないから。何ヶ月か、長い人で2,3年、刑務所に入ってその程度だけど、人生はボロボロになった。いわゆるエリートコースからは外れた。

東大の門に書かれた「造反有理」

丸山眞男の研究室になだれ込んだ新左翼の学生たちに、丸山が「こんなことは、ナチスドイツですらやらなかった」と言った。その丸山に対して吉本隆明が「それは、お前、丸山眞男。江戸時代の寺小屋の先生でも、自分の学生たち、教え子が官吏(かんり)に幕吏(ばくり)というか、十手(じゅって)持ちたちに捕まりそうになったら、体を張ってでも守ろうとした」と言って批判した。「お前(丸山)は逆のこと(学生を守らなかった)をやったんだぞ」と。その吉本の言葉がものすごく流行った。

その後、吉本隆明の『情況(じょうきょう)』(1970年)という本が出版された。反体制、反権力で制度権力に逆らうことが一番素晴らしいという時代だった。

『情況』の表紙

だから、吉本隆明のこの『情況』という本がものすごく売れた。その時がもうピークだったのかもしれない。1970年、私はまだ高校2年生だ。3年生ぐらいかな。高校2年で中退しているけど。

1968年に戻るけど、吉本隆明が『共同幻想論』っていうのを書いた。これには4つの中身があって、一つは柳田國男(やなぎだくにお、1875-1962年、87歳で死)の民俗学(みんぞくがく)。これは今でもなかなか、日本人が理解しない。「みんぞく」には、民族という言葉もあって、民族は、ドイツ語で言うとフォルクス(Volks)とフォルカーコンデ(Völkerkunde)になる。

柳田国男

英語で言うと、これが困ったものだ。PeopleとNation。これらの言葉の区別が日本人は今もできない。民族学のフォルカーコンデの方は英語にもならない。

それから、わかりやすいのはフォークロワー(folklore)というのがあって、これはおとぎ話と言ってもいいけど、民謡、民話のこと。民話やおとぎ話をフォークロワーと言う。これをいっぱい搔き集めて学問として研究した人で一番有名なのはドイツの、ヤーコプ・グリム(Jacob Grimm、1785-1863年、78歳で死)とヴィルヘルム・カール・グリム(Wilhelm Grimm、1786-1859年、73歳で死)のグリム兄弟(Brothers Grimm)だ。民話をまとめた。その前の何百年か、千年とは言わないけど、千年ぐらいの間にドイツ民族が作った童話や民話がある。ドイツのグリム兄弟は、確かに偉かった。親指姫とか、シンデレラ、白雪姫とか、あと赤ずきんちゃんとか。実は全部、ドイツの民話だ。

グリム兄弟(左がヴィルヘルム、右がヤーコプ)

それをウォルト・ディズニー(Walt Disney、1901-1966年、65歳で死)という男がたくさん泥棒した。それでシンデレラ姫ができて、シンデレラ城を作った。これもドイツ民話から来ている。ウォルト・ディズニーが発明というか独自で作ったのはグーフィーとドナルド・ダックだけらしい。ディズニーのキャラクターは、みんな泥棒らしい。ミッキーマウスはどうするんだ、と訳が分かんなくなる。

ウォルト・ディズニー

このフォークロワーが民俗学です。柳田國男というのは本当は、ドイツに留学して農業経済学を学んで、日本の農林省といったが、これの顧問をしたような偉い東大教授です。その頃、日本には遅れた貧しい農民がいっぱいいた。だから、農業地帯の改善をやるための学問をしにドイツに派遣されて行って、帰ってから日本に持ち込んだ。農業を近代化するという政府の目的に沿って、民俗学研究のために、全国をずっと調べてまわった。それが柳田國男。『遠野物語』という説話集が一番有名です。この柳田國男の民俗学が、やがて民謡、民話の研究になっていく。

柳田の一応、弟子にあたるのが国学院大学教授の折口信夫だ。折口の話が、吉本隆明の共同幻想の本の内容の、次の一つ。「信夫」と書くけど、「しのぶ」と読む。信夫山(しのぶやま)という山が福島にある。折口信夫(おりぐちしのぶ、1887-1953年、66歳で死)は、万葉集とか日本書紀とかがサラサラ読めたという人です。そういう才能のある人でないと古典学はできない。古い日本語の文章が、自然にそのまま読めたと言われている。

折口信夫

それは世界的にも同じことで、例えばフリードリヒ・ニーチェ(Friedrich Wilhelm Nietzsche、1844-1900年、55歳で死)なんかは、もう20歳で、ドイツ語以外に、ギリシャ語とローマ語の文献が読めたらしい。そういうズバ抜けた人間じゃないと学者としては超一流と言われない。20歳ぐらいで才能を発揮する。ずば抜けた才能というのは15歳ぐらいで周囲は分かる。

フリードリヒ・ニーチェ

折口信夫がやった研究は、フォークロワーの民俗学で、俗は風俗の俗だ。それに対してレイス(race)の、いわゆる国家主義の原型になって、ナショナリズム(Nationalism)と言われている方が「民族」です。一族の族。この話はもうしないが、それとの区別が今もなかなかつかない。でも、いわゆる部族社会の族は、最近、もう消えてしまって、英語にない。

もっぱら、民話、民謡も入れて童話だ。この類(たぐい)の方の研究学者がまだ少し国文学の中に一部残っている。でもこの人たちもほぼ消えた。もうやってないんじゃないか。居ることは居る。ただ一時期、30、40年前は、フォークロワーの民謡とか民話の研究をやる日本の学者たちもいたんだけど、ほぼもう消えた。後継者たちがいるはずだが、意味をなさなくなって本が出なくなった。

それから、吉本隆明が共同幻想の本で扱っている4つのうちの3つ目が、古事記(こじき)そのものだ。この古事記がまた問題だ。日本書紀が722年に成立、これはもう真実だ。この日本書紀は一応、漢文だ。僕らがさらさら読める訳がない。でも一応、これで日本の古典というか、国家体制ができたというか、その証拠の文章ということになっている。どうもそれも少し怪しいが。

天智天皇(てんじてんのう、626-672年、46歳で死 在位:668-672年)の娘で、天武天皇(てんむてんのう、?-686年 在位:673-686年)の奥様であったのが持統(じとう)天皇(じとうてんのう、645ー703年、58歳で死 在位:690ー697年)だ。一言で言うと悪い女で、天武天皇が死んだ後に女帝になった。女としては最高権力者だ。大したものだ。この人が、「白妙(しろたえ)の衣干すてふ(ほすちょう) 天香具山(あまのかぐやま)」という歌を天香具山の上で詠んだ。

持統天皇の家系図

持統が編纂(へんさん)を続けさせたこの日本書紀は、嘘ばかり書いていると言われている。何が嘘なのかというと、要するに蘇我氏(そがし)についての真実の記録を全滅させている。自分(持統)の旦那だった天武は、実は蘇我氏であるのに。それでも持統という女は偉かったと言えば、偉かった。持統天皇は、実は、日本という国家の建国の起源のところに関わっているから。

668年が日本建国の年。なぜなら「日本」という言葉が、その668年の養老律令(ようろうりつりょう)とかの中に出てくる。中国帝国がそれを認めたということだ。その時の隋とかその後の唐が。北魏(ほくぎ)とは、日本はお付き合いしていない。

この日本書紀ができてから100年後ぐらいに、古事記が成立したようだ。この説は今でも争いがあって、体制派の国文学者は認めない。しかもこの古事記はもう完全に漢文だ。

最も新しいのは、私の先生だった岡田英弘(おかだひでひろ、1931-2017、86歳で死)の説で、どうも本居宣長(もとおりのりなが、1730~1801,71歳で死)その人が書いたのではないかと。日本書紀を、漢文に書き直したのではないかという説だ。ということは江戸中期に。すごいことだ。この、本居宣長が『古事記伝』という本を書いたときに古事記が生まれたという説は、今でも馬鹿にできない。古事記は漢文で書かれていて、そのまま日本書紀とダブっているが、名前が違ったりする。だから馬鹿みたいな真実だけど、今もヤマトタケルと、スサノオノミコトの違いが分からない。オオクニヌシノミコトの違いも分からない。それぞれ時代が違うからと言うけど、実は分からない。日本書紀と古事記の中でのズレがある。これもあまり専門家以外は言わないことになっている。

岡田英弘

吉本隆明の話にもどすと、吉本の本(共同幻想論)が扱っている残りの一つが、ジークムント・フロイト(Sigmund Freud、1856-1939、83歳で死)だ。フロイトは、ドイツの精神分析学という学問を作った大家(たいか)で、ナチスドイツに迫害された。それでウィーン大学で、自分の本とか研究書が、ウィーン大学の庭に持ち出されて燃やされた。酷い目に遭ったけど、フロイトはドイツで死んだ。フロイトらユダヤ系の精神医学は本当は、精神病理学(psychopathology)というべきなんです。サイコパソロジーと言う。精神病、頭の病気だ。フロイトが、これの初期の草分けでかつ大成者だ。

ジークムント・フロイト

ところが精神病、精神病理学を精神分析学(Psychoanalysis)という言葉に置き換えてしまった。これがサイコアナリシスという英語にもなった。ドイツ語でもサイコアナリシス(Psychoanalyse)。プシケー(Psyche)という。サイコが人間の思考、知能のことだ。これのアナリシス、分析をやると。それが精神病という病気の治療の役に立つ、とフロイトが唱えた。このジークムント・フロイトの名前はみんな知っている。だけどフロイトが一体、何をやったかとなると、誰も知らない。フロイト全書を訳した連中が、小此木啓吾(おこのぎけいご、1930-2003年、73歳で死)かな、翻訳者が全く理解していない。

小此木啓吾

だから分かりやすく言えば、フロイトは精神病を何千症例も研究した。フロイトの弟子であるグスタフ・ユング(Carl Gustav Jung、1875-1961年、85歳で死)と。この人もちょっと精神病だ。フロイトと弟子のユングが2人で研究した。

グスタフ・ユング

その当時はまだよく分かってなかったが、麻薬だ。覚醒剤に相当する植物から抽出した麻薬の類を、自分たちで食べたり、注射にはしなかったと思うけど、2人で匂いを嗅いだりして、頭がおかしくなっている。円盤が見えたとか、そういうことを2人で言いあっている。あと鉱物系の、金属の亜鉛とかアヘンを舐めている。金属と植物系の中間みたいな。そういうことをやって、これは精神病に効くんじゃないかという実験を、自分の頭と体でやった。

だから副島隆彦が「精神病というのは、頭の病気と言え」と主張している。心の病気とか馬鹿なこと言うな。心の病気なら心臓病だ。こう言うとみんなが嫌がる。何が心療(しんりょう)内科だ。精神病は、知能、頭の病気だ。それは一言で言ったら、実はもう治らない。これを言うとまた、精神医学をやっている連中が嫌な顔をする。

もっと言うと、精神病、精神科に向かう医者で、一生涯の専門職にする人は、精神病の気質の人が多い。これも、言ってはいけないことになっているが、ほぼ事実だ。東大医学部の半分ぐらいは医者になってはいけない人たちらしい。とても手術なんかさせられないそうだ。あまりにも勉強が出来過ぎた、ということはちょっとおかしいんだということになって、これ以上、もう言わない。

だから、精神病という学問の研究をやったのがフロイトだ。精神分析学という言葉を使わない方がいい。精神病学、精神病理学で十分だ。ガイスト(Geist)を精神としないで、ここではサイキ(psyche)を使う。本当は、精神病のことを、ガイステスクランハイト(Geisteskrankheit)なんとかって言う。精神病は、頭病、知能の病気と言ってもいい。これが錯乱症状を起こす。

それの最も典型的なものが、分裂症です。ドイツ語ではスキゾフレーニア(Schizophrenie)、スキッツオフレーニアと言う。スキゾフレーニアが精神分裂症。40年くらい前に、この病名はもう止めなさいということになって、統合失調症という言葉に変わった。スキッツオフレーニアという言語自身は変わらない。日本語の訳が変わった。統合失調症とは、脳の統合機能が失調しました、崩れました、と言っている訳だ。脳の統合機能とは何かと言ったら、私は知らない。とにかく正常じゃないということだ。乱れてしまった、壊れた、壊れてしまったということ。それはトレイ(tray)ですね。脳のお盆が、壊れているか、壊れていないか、というのでトレイト(trait)と言う。つまり、器質(きしつ)性の異常であるかどうかだけで、精神病であるかどうかを認定する。

美智子上皇后が50代の頃に、皇后が夜に評論家たちと集まってリンゴやラーメンを食べていたよ、と毎日新聞の記者が匿名で書いてしまった。それで美智子上皇后がストライキを起こして、喋れなくなったことがある。皇室の御殿医(ごてんい)の医者たちが「美智子皇太子妃は、器質性異常(きしつせいいじょう)ではない」という言葉を使った。つまり精神病じゃありませんということだ。それは神経の病気で、神経症であると。この神経症がまた訳が分からない。ノイローゼ(Neurose)とドイツ語で言う。英語ではニューローシス(Neurosis)という。神経症は、精神病というほどの異常ではないということだ。この言葉のズレもまたある。精神病の本の中には、いっぱい難しいことが書いてあるのだろうけど。

それを言い出すと、ロナルド・ディヴィッド・レイン(Ronald David Laing、1927-1989年、61歳で死)とか、ルードビッヒ・ビンスワンガー(Ludwig Binswanger、1881-1966年、84歳で死)とかいう精神医学の本を書いた人たちがいて、吉本隆明も、ビンスワンガーというドイツの精神医学者の本をいっぱい使っている。その後、もう分かんなくなって、開放病棟にしろとか、精神病の人間を牢屋みたいなところに閉じ込めるな、とか。精神病の人間を外に出せ運動というのをアメリカでやって、その人たちが犯罪を起こして大騒ぎになった。だから精神医学も大変なことになって、今もあまり進歩していない。ただはっきりしているのは馬鹿みたいな真実。患者を薬で眠らせる、それだけのことだ。とにかく薬で眠らせる。眠れなくなったら、統合失調症を起こすから。というのが、おそらく唯一の治療だと思う。

ロナルド・ディヴィッド・レイン

ルードビッヒ・ビンスワンガー

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「169」「共同幻想論」に

到達した思想家たち ①

「共同幻想論」に到達した思想家たち ①

副島隆彦です。今日は2026年2月8日です

今回からは、私がどうしても出版しなきゃいけない『新共同幻想論』という本についてです。まだ企画を進行中ですが、その本の冒頭というわけではない2章か3章になるだろう内容に関して話します。

2025年3月の「今日のぼやき」会員ページに、『「新共同幻想論」の骨格を明らかにする 第1回~第3回』として、私は語り下ろしで書きました。
『新共同幻想論の骨格を明らかにする 第1回
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それで種明かしというか、「共同幻想論」という本がすでにあって、それは吉本隆明(よしもとたかあき よしもとりゅうめい 1924-2012 87歳で死)という日本の戦後の、特定の人々にとっては戦後最大の日本の思想家の一冊なんです。吉本隆明の名前は割とみんなに知られている。1960年代に彼が書いた共同幻想論は反響がすごくて、当時100万人ぐらいが読んだ。だけど結局忘れ去られて、吉本主義者と呼ばれている人たちの間だけで残ったんです。しかし今や、吉本主義者はもうじいさんばあさんになって80歳代です。吉本は、ほとんど影響力を持たなくなりました。

吉本隆明【詩人、文芸批評家、思想家 1924年に東京で生まれた詩人、文芸批評家、思想家です。東京工業大学を卒業後、戦後日本の思想界に大きな影響を与え、「戦後思想界の巨人」と呼ばれています。彼は1960年代に「試行」という雑誌を創刊し、政治や社会についての独自の視点を発信しました。著書には『共同幻想論』や『言語にとって美とはなにか』などがあり、彼の思想は今も多くの人々に影響を与えています。byAI】

だから、吉本の共同幻想論の解説をして現在に復帰させようと、私が『新共同幻想論』を出す。しかし本当の動機は、もっと大きな企てなんです。

 

■滅びかかっている人類学

部族社会の行動様式を、外側から観察しに来る学者たちがいたのね。それをアンスロウポロジストと言う。「人類学者」と今は呼ばれます。しかしこの人類学という学問も、実は滅びかかっていましてね、中心部分がどうもぐらついて大変になっちゃって、日本の大学の文学部の中でも人気がなくなった。アンスロウポーとは何かは、また別のところでやりますが、簡単に説明します。

スコットランド人は19世紀まで、農奴だったんです。サーフ(serf)と言って奴隷ではないんだけど、領主さまに全面的に「所有」されている農民、労働者のことです。サーフダム(serfdom)を農奴制と訳す。貧農(ひんのう)のことをペザント(peasant)と言います。これらは自立しているファーマー(farmer)たちとは違います。ロシアも19世紀までそうでした。

中世ヨーロッパの農奴の服装(wiki 農奴制から)

日本の江戸時代の百姓たちもそう。農奴なんですね。だけど本百姓(ほんびゃくしょう)の人たちから上で、ちょっと豊かな層の農民もいまして、それがファーマーです。そこで働いている10人20人の農業労働者たちが小作人で、即ちサーフ(農奴)、ペザント(貧農)です。貧農の子作人が、土地を受主から貸し与えられたという形になって何十年間も、作った作物の半分を領主さまに渡すんです。

領主さまは名主(みょうしゅ なぬし)、庄屋(しょうや)でもある。肝煎(きもいり)とも言う。江戸時代だったら、農民たちは取れたお米を年貢として庄屋あるいは名主の屋敷に持って行く。そこで検査を受けて、半分を渡すんですね。これが五公五民という制度です。

東京都江戸川区春江町にある「一之江名主屋敷」の入口(長屋門)
名主【みょうしゅ 名主とは、日本の古代末期から中世日本にかけて、公領・荘園領主から名田の経営を請け負うとともに、領主への貢納(年貢・公事・夫役)の責務を担った階層である。大名(だいみょう)は、大名主より転じた語である。by wiki】

ちょっと豊かな農民層は本百姓になる。普通の百姓(農奴)というのは米なんか食えない人たちで、稗(ひえ)や粟(あわ)、麦、蕎麦類の雑穀を食べてきていたようです。その方が健康的でよかったという説もあるけど。

稗【ひえ イネ科の植物で低温に強いほか、塩や酸性土壌にも強く、やせた土地でもよく育つ。ひえの語源は「日得」で、日ごとに茂っていくことから「日得(ひえ)」となったといった説がある。ひえは100gあたり367キロカロリー(白米100gあたり356キロカロリー)、ミネラルや食物繊維が豊富です。実は白く、小粒で、粘りがなく、食感はパサパサ・パラパラしている。冷めると独特のにおいが出てそもそとした食感になるので、よりいっそうおいしくありません。Investigate Blogから】

粟【あわ 実は小粒で、黄色や白っぽい色。「あわい味」というのが語源のようです。つぶつぶした食感で甘みがある。亜鉛やマグネシウムなどのミネラルや食物繊維が多く含まれています。あわには、「もちあわ」と「うるちあわ」があり、「もちあわ」は粘りがあり「うるちあわ」は粘り気が弱いです。現在市販されているあわは「もちあわ」が多い。Investigate Blogのサイトから】

 

副島隆彦です。アンスロウポーに話を戻すと、スコットランド人というのは、イングリッシュ(イギリス人)から見たら本当に「百姓」でね、農奴ですから。一言で言うとゴリラみたいに見えたと、生活している内容がね。汚い小屋みたいなところに住んで子供を養う。彼らの生活水準も非常に低いわけです。

だから「彼らをシビライズド・マン(文明人)にしなきゃいけない」という考え方がでてきた。スコットランド人やアイルランド人の、ただの貧しい農民の姿というよりは、なんか「ゴリラのような暮らし」。それを改良、改善するためにできた学問が、アンスロウポーなんです。だからアンスロウポーというのは、ホモ・サピエンスの学問なんですよ。

 

■ホモ・サピエンス

ホモ・サピエンスは「知恵のあるホモ」という意味で、ホモは人間という意味です。

ホモ・サピエンスは、類人猿と言われているものから分離したもので、類人猿に近いという考え方をしていた。類人猿はエイプ(ape)と言います。これはマンキー(monkey)じゃないんです。マンキ―というのは下等猿類で、ニホンザルとか尻尾があるやつで、木とか山とか岩に登る。エイプが進化してホモ・サピエンスになったというのが、チャールズ・ダーウィンたちの進化論の根底にある。

類人猿というのは高等猿類と訳した方がいいけど。サル目ヒト科は、①オランウータン②ゴリラ③チンパンジー④ボノボ⑤ヒトの5つだそうです【『日々、動物ブログ』のサイト。から】。この話はこれ以上しません。

オランウータン ヒト亜科との分岐は1300万年前とされる
ゴリラ ヒト族との分岐は656万年前±26万年とされる。
チンパンジー ヒト属との分岐は487万年前±23万年とされる
ボノボ チンパンジーとの分岐はおよそ300万年前とされる
ヒト
【ヒト属(ホモ属)はおよそ200万年前にアフリカでアウストラロピテクス属から別属として分化し、ヒトの属するホモ・サピエンスは40万から25万年前に現れた。またこれらの他にも、すでに絶滅したヒト属の種が幾つか確認されている。その中にはアジアに生息したホモ・エレクトゥスや、ヨーロッパに生息したホモ・ネアンデルターレンシスが含まれる。by wiki人類の進化から】

副島隆彦です。結論を言うと、ホモ・サピエンスは「共同の幻想を持つ」、ということ。分かりやすく言えば、「国家というのを作る」とか「宗教を生み出した」とかあるいは「文化という名前で呼ばれるいろんな習俗、お祭りとか儀式とかをする」、即ちカスタム(custom)を持つ、ということです。

カスタムはハビット(habit)とは違います。ハビットは個人の癖のことで、爪を噛んだりとか貧乏ゆすりをするとか。カスタムは、ある部族社会の中で行われている、画一化・規律化した行動様式をいいまして、それがカルチャーというツールを作っているわけ。

 

■「人類学」という言葉

最初は人類学とは言わなかった。例えば1800年代の明治時代に、日本を研究するために外国から日本に来て、オランダ商館長と一緒に日本国内を旅行したような学者がいた。彼らは博物学者と名乗りました。

それは博物館という言葉になって日本語に残っている。英語でミュージアムと言いますが、これは「植物がどのように生えているか(植生)」とか、「どんな魚が生きているか」とかね。そういう情報を現地に行って集めて回る。だから博物学者なんです。

ところがこの博物学者を英語で何というかというとね、言葉がないんですよ。ヒストリアン(historian)というと歴史家になりますね。ナチュラル・ヒストリーというような言葉があることはある。博物学と訳します。博物学者は、「鉱石岩石を研究する」とか「気象を研究する」とか、研究対象によっていろいろに分かれるんですけどね。この博物学者が人類学者になったんです。

その前に、エクスプローラー(explorer、探検家)というのがいる。探検家という言葉は、日本の明治時代から流行ったんだけどね。これまで行ったことがない奥地、山奥のようなところに入って行って、そこの原住民の暮らしを観察する。調査観察して地理も研究するという学者です。だから最初は、探検家からなんです。

イギリス白人のリビングストンという学者、知識人が、アフリカのど真ん中のビクトリア湖近くのタンガニーカ湖のあたりに初めて入って行った。彼が探検家、博物学者でもあるわけね。

デイヴィッド・リヴィングストン
【David Livingstone、1813-1873)スコットランド出身の宣教師・探検家。ヨーロッパ人で初めて、当時「暗黒大陸」と呼ばれていたアフリカ大陸を横断した。また、現地の状況を詳細に報告し、アフリカでの奴隷解放へ向けて尽力した人物でもある。by wiki】

タンガニーカ湖

ところが、「ナイル川の源流を探査中だったリビングストンが、東アフリカ内陸部で行方不明になった」と言って、彼を追っかけていったスタンリーという新聞(ニューヨーク・ヘラルド紙。1871年にスタンリーを派遣した)記者がいるのね。リビングストンを一生懸命に追っかけていく過程を、スタンリー自身が記事としてロンドンに送ったんです。そしてついに、タンガニー湖のほとりの村で病に倒れていたリビングストンを見つけた。今から考えれば大変な風土病というか普通の白人たち文明人(シビライズド・マン civilized man)が入っていけないような、ちょっとでも変なものを食べたら病気にやられる、お腹壊して死んじゃうみたいな、そんなところで生きていたというのは、相当に強い体力と精神力を持ってたんでしょう。このスタンリーという新聞記者の文章が、当時、爆発的にイギリスで読まれたわけね。新聞社がわーっと読者をたくさん抱えて、ヨーロッパ中で記事がヒットした。それが大事な事件なんです。

 

■原住民の観察記録

原住民たちの暮らしを目撃して観察してそばで暮らして、それでそのどのような暮らし生き方をしているかを調べる。そういうことも大事な考えなんです。共同体というコミュニティ、現住民のコミュニティを観察するわけですね。それが人類学で、それが共同体研究の始まりなんですよ。100年くらい前からね。

例えば、『親族の基本構造」という本(初版は1949年、1967年に増補された第2版が観光され、世界的に大きな影響を与えた)を書いたレヴィ・ストロース。彼はフランス人の学者です。戦争中に、彼はユダヤ系だったから南米経由でアメリカに逃げたんですね。その時に書いたのが『悲しき熱帯』という本なんです。

クロード・レヴィ=ストロース(1908-2009 100歳で死)
【専門分野である人類学、神話学における評価もさることながら、一般的な意味における構造主義の祖とされる】

 

副島隆彦です。ぼやきの『「新共同幻想論」の骨格を明らかにする 第1回~第3回』にも書いたけど、レヴィ・ストロースは、『悲しき熱帯(トリステ トロピーク)』という本を書いた。それは、「私が南米のブラジルの方に逃げて行ったとき、そのブラジルの川から陸地沿いを見ていたら、どうもドイツ人が原住民と交わっている。白人種が原住民と交わって川辺や海辺で暮らしてる」というような観察記録です。彼の主著は『親族の基本構造(The Elementary Structures Of Kinship)』【親族の基本構造は彼によって唱された概念で、1947年に出版されました。彼は、親族関係の基本的な構造を社会的な要因に基づいて分析し、従来の生物学的な視点からのアプローチを批判しました。レヴィ=ストロースの理論は、親族関係の理解において重要な役割を果たした。byAI】。

キンシップのキンというのは親戚親類という意味です。だから親戚まで含めた大家族性、おじさん、おばさん、姪、甥…そういう関係も含めて20~30人の大家族で暮らしている様子を観察して、彼らの基本行動、例えばどのような婚姻形態を持っていて、どのように子供を産んで育てるのか、奥さんを何人まで持っていいのか、内部で争いがあったらどのように処罰するか、とかね。それを書いた本なんです。

レヴィ・ストロースの本は大著ということになっているけど、彼は日本にも来たことがある。日本人のことを「土人原住民」か何かだと思っていたみたい。威張り腐っていた男で、日本に来た時のあいつの演説は、本当に不愉快だった。NHKでやっているのを私は見た。

 

■共同体の研究(考古学、歴史学)

それで、こういう原住民、共同体の観察も、実は共同幻想に関係するんですよ。日本人は全体像で学問を見る力がないから、私が教えるしかないんだ。シャーンスというフランス語があって、ラテン語ではスキエンザー、ローマ語ならサイエンス。これを正しく「学問」と訳さないで、日本語では「科学」と訳しちゃったからわけわからなくなってね。

学問の体系(副島隆彦著『世界の常識はウソばかり』から)

文化系の学問で、人文とも言うんだと。ヒューマニティーズ、即ち「人間に関わること」という意味ですね。文献があれば文献を指す。文献がなければ、文字(letter レター)を言います。文字があって、文字が並んでいると文章ですね。それが石の中に刻まれていてもいいんです。石碑にね。そこから歴史学(history ヒストリー)というんです。

茶碗とか土器とかが見つかって、「そこに人間たちがいた。集団生活があったことは分かる」という段階(まだ文字がない)は、アルケオロジーという学問になるんです。これもフランス語です。日本語では、考古学と訳しました。でもそれも歴史学の一部じゃないかと言うけども、厳密には、文字がある集団共同体の研究から後をヒストリー(歴史学)と言う。これも大事なことです。

だから土器や瓦や遺跡で文字が出ればヒストリー(歴史学)、なければアルケオロジー(考古学)。日本人は、知識人階級でさえ考古学と歴史学の区別がつかないものがいる。考古学、アルケオロジーの「アルケー」って言葉が大事でね。これは「形あるもの」という意味です。ギリシア語で、「形(かたち)」なんです。

イデアの系統には2種類ある。一つは、人間の観念、脳の産物思考の系統が「イデア」でね。プラトンが言った言葉で、観念・抽象・知能のことです。エイドスとも言う。それに対してもう一つ重要な言葉がアルケーです。こっちは「形あるもの」で物質物体まで入ります。人間というホモサピエンスが集団で暮らす際に、いろんな「形」を持っているわけね。高床式 、竪穴式といった家の作り方とか、あるいは石の家とかね。その他なんでも、形あるものを研究するわけね。

あんまり横道にそれたらいけないんだけど、「アンアルケー」という言葉があって、これも重要なんです。アルケーは「秩序体制」という意味もあって、秩序体制を否定する者たちがアンアルケー、アナーキー。この人たちのことを、日本語では「アナーキスト」「破壊活動主義者」と訳した。簡単に言うと「過激家」ですね。「社会秩序を破壊しようとする人間たち」のことです。私、副島隆彦はアナーキストではないけれども、アンアルケーの系統に所属する人間なんです。破壊的言論をやってきたから。日本では「アナーキスト」は、「反国家主義」、「国家を認めない思想」ということになっててて、それでいいんだけどね。破壊活動をやるやらないは別のことで、個人の考えといえばそれだけのことですから。そういうまあいいや。

だからアナキズムというのはそういうことだと分かってください。それでさっきの博物学者が人類学者になったという話。ソシオ・アンスポウロジーで社会人類学です。社会人類学のことをカルチュラルアンスロポロジー、文化人類学とも言う。これらが混ざっているんです。

 

■ジリアン・テットは人類学を専攻していた

FTっていう雑誌、正式名称はThe Financial Times (フィナイシャル・タイムズ)っていうイギリスの金融経済雑誌がある。一番世界で高級な新聞ってことになってるんだけど、その株を700億円ぐらい、日本経済新聞(略称は日経新聞)が持っています。でもまあ、日本人は英語もろくにできないから、経営権を握っているわけじゃないんだけどね。中国に買われそうになったから日本に買わせた、とうのが実態です。

このFTに、ジリアン・テット(Gillian Tett 1967-)という記者がいて、私はよく彼女の記事を引用する。ジリアン・テットは、2007年頃、日本の大銀行たちが不祥事を起こしたという事件があったちょうどあの頃に、日本に5,6年間いたんです。その頃の彼女は30代、40代かな。ジリアン・テットはイギリス人なんですけどね。実は最近知ったんだけど、彼女が「実は自分はソシオ・アンスロウポロジーをやったんだ」と本に書いていた。マダガスカルのある部族のところに入って行って、2,3年研究したと。まあ、そういう経験が自分には重要だったけど、あまり言わないで生きてきました、と。彼女はそのことで一冊本書いたんだけど。

ジリアン・テッド【イギリス生まれ。ケンブリッジ大学で社会人類学を専攻しPh. D.を取得。タジキスタンでの学究生活を終えた後、インターンシップ制度でフィナンシャル・タイムズでの就業を志願し、給仕係など雑務をこなしていたが、バルト三国の独立に際してタジキスタン生活の経験を買われて取材に参加したことを転機に、ジャーナリストの道を歩むこととなる。東京支局長となったときにバブル終末後の失われた20年という世相を経験し、なぜこのような出来事が起こったか解き明かそうと、『セイビング・ザ・サン』(2004)を著作した。by wiki】

 

■ネアンデルタール人までは共同幻想を持たなかった

共同体理論の方に話を戻します。まず、「人類って何ですか」ということを話します。人類はホモサピエンスでいいんだけど、最近言われているのは「ホモサピエンスはネアンデルタール人から20万年前ぐらいに分裂したが、実は一緒に混ざっていたという説」です。これが多数派になっています。ネアンデルタール人もホモ・サピエンスも、どっちも集団生活をしていた。石の武器とか、そういうのを持っていたみたい。それと、火を囲む生活をしていた。暖炉を作って、採ってきた獲物を焼いて食べる。これらは一緒なんですね。

しかし両者には大きな違いがあって、ネアンデルタール人には共同幻想がなかったと言われています。しかし人類が集団の言葉を発達させていくと、それは素朴な言葉なんだけど、「神」みたいなものを作るんですね。ホモ・サピエンスは集団行動ができるようになって、おそらくは集団で襲いかかるということができたから、ネアンデルタール人を打ちまかしていったんだと言われています。一方で、ネアンデルタール人は共同の観念、共同幻想を持てなかったみたい。その方が幸せだったかもしれないと私は思っていますが。

 

「共同幻想論」に到達した思想家たち ② へ続く

③高市政権が、『「自民党の党是」である「憲法改正」が悲願』というならば・・・

国民も自力で正しい情報を共有しておかねばならない。

GHQの草案にはなかった

=GHQが一方的に押し付けた「平和憲法」ではないのだ!

鈴木義男 – 平和憲法を作った男

文献紹介:平和憲法をつくった男 鈴木義男

 

人物紹介

鈴木義男(すずき よしお、1894年1月17日 – 1963年8月25日)は、東北学院普通科の卒業生であり、東北学院第6代理事長を務めた人物です。日本国憲法制定において、特に第9条の平和主義と第25条の生存権の確立に決定的な役割を果たした法学者、弁護士、政治家として知られています。

福島県西白河郡白河町(現・白河市)に生まれた鈴木は、東北学院普通科でキリスト教に基づく教育を受け、第2代院長のD.B.シュネーダーら宣教師たちから深い影響を受けました。東北学院大学名誉教授の仁昌寺正一氏は「ギダンさんは幼いころから身近にあったキリスト教を通じて西洋流の自由、平等、人道主義に触れ、弱い人の立場に立つ人格が形成された」と指摘しています。

東北学院卒業後、旧制二高、東京帝国大学法科大学と進学し、美濃部達吉・吉野作造・牧野英一らのもとで大正デモクラシーの思想を学びました。1919年の卒業後は東京帝国大学助手を務め、1921年から2年8ヶ月にわたり欧米留学を経験し、1924年に東北帝国大学教授に就任しました。

しかし、在任中に「軍事教育批判」に関する論考を『河北新報』に掲載したことから当局からにらまれ、1930年5月、東北帝国大学を辞職しました。その後東京で弁護士に転身し、河上肇・宇野弘蔵・有澤廣巳ら経済学者や、宮本百合子ら文学者、李光洙をはじめとする朝鮮の人々など、治安維持法違反者の弁護にも尽力しました。

戦後、日本社会党の結成に参画し、1946年の第22回衆議院議員総選挙で福島全県区から初当選を果たしました。1946年夏には帝国憲法改正案委員小委員会のメンバーの一人として、帝国憲法改正案の審議に携わりました。

鈴木の最も重要な貢献は日本国憲法の制定過程にあります。鈴木の提案から第9条に平和の文言が加わったほか、GHQ草案にはなかった第25条の生存権が追加されました。特に生存権については、1946年8月1日、帝国憲法改正案小委員会の第7回審議において、「それならば生存権は最も重要な人権です」という鈴木の気迫のこもった一言で、委員会の流れが生存権承認の方向に変わりました。また、最近の研究では、国家賠償請求権や刑事補償請求権も鈴木らの提案によって追加されたことや、三権分立の確立をめざして尽力していたことも明らかになりました。

憲法制定後は1947年から1948年まで片山内閣・芦田内閣で司法大臣・法務総裁を務め、戦後の司法制度改革に取り組みました。政治家としては衆議院議員を7期務め、日本社会党から民主社会党まで政党遍歴を重ねながらも、一貫して平和と人権を重視する姿勢を貫きました。

その後、専修大学学長・学校法人専修大学理事長を経て、東北学院院長にも就任し、東北学院第6代理事長として、現在の東北学院大学の発展の礎を築いた人物でもあります。

「ギダンさん」の愛称で親しまれた鈴木義男は、東北学院で培ったキリスト教的人道主義の精神を生涯にわたって実践し、平和で公正な社会の実現に向けて尽力した傑出した人物として、今日においても高く評価されています。東北学院の建学の精神を体現し、それを社会全体の発展に寄与させた卒業生といえるでしょう。

主な参考文献・資料

『平和憲法をつくった男 鈴木義男』仁昌寺正一著(筑摩書房、2023年)
『大正デモクラシーと東北学院―杉山元治郎と鈴木義男―』東北学院、2006年
「義男(ギダン)さんと憲法誕生」NHK ETV特集、2020年

鈴木義男年表

1894年(明治27年)

  • 1月17日 福島県西白河郡白河町(現・白河市)に生まれる

1910年代

  • 東北学院普通科に進学
  • D.B.シュネーダー第2代院長らからキリスト教教育を受ける
  • 仙台の第二高等学校(旧制二高)に進学

1919年(大正8年)

  • 東京帝国大学法科大学法律学科卒業
  • 同大学助手に就任

1921年(大正10年)~1923年(大正12年)

  • 2年8ヶ月間の欧米留学

1924年(大正13年)

  • 3月 東北帝国大学教授に就任(行政法・社会法担当)

1930年(昭和5年)

  • 5月 軍事教育批判により東北帝国大学を辞職
  • 6月 東京で弁護士事務所開設、法政大学法学部教授兼務

1930年代~1940年代前半

  • 治安維持法違反者の弁護活動に従事
  • 河上肇、宮本百合子、朝鮮系知識人らの弁護

1945年(昭和20年)

  • 日本社会党結成に参加

1946年(昭和21年)

  • 4月 第22回衆議院議員総選挙で福島全県区から初当選
  • 7月~8月 帝国憲法改正案委員小委員会委員として憲法制定に参画
  • 8月1日 「生存権は最も重要な人権」発言で第25条生存権条項実現に貢献

1947年(昭和22年)~1948年(昭和23年)

  • 片山哲内閣で司法大臣
  • 芦田均内閣で法務総裁

1952年(昭和27年)

  • 専修大学学長就任

1960年(昭和35年)

  • 民主社会党結成に参加、統制委員長・国会議員団長

1963年(昭和38年)

  • 8月25日 死去(享年69歳)

主な功績

  • 日本国憲法第9条への「平和」文言追加
  • 日本国憲法第25条生存権条項の実現
  • 国家賠償請求権・刑事補償請求権の憲法への追加
  • 戦後司法制度改革への貢献
  • 東北学院第6代理事長として大学発展に寄与

 

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