
神奈川県警2,716件の不正が暴いた
「検挙の目的化」
——数字で読み解く3つの不都合な真実
神奈川県警の交通違反取り締まり不正が報じられた。
2,716件の取り消し、反則金3,457万円の返還。
まず、この事件を掘り起こした記者たちに敬意を表したい。
不正を明るみに出すこと自体が、報道の最も重要な仕事だ。
2,716件という数字が公になったのは、
彼らの取材があったからにほかならない。
その上で、私はこう思った。
報道が「何が起きたか」を伝えてくれた。
ならば次に必要なのは「なぜ起きたか」の分析だ。
現象の特定、原因の分析、再発防止
——この3つが揃って初めて、報道は社会を変える力を持つ。
数字を掘り始めたら、
報道が伝えた事実の奥に、
さらに深い構造が見えてきた。
神奈川県警「不適切取り締まり」の報道(NewsPicks)
この記事では、自分で集めたデータをもとに、
神奈川県警の速度取り締まりに何が起きていたのかを、
数字だけで明らかにする。
目次
全国で唯一の制度が、検挙を目的に変えた
前提として書いておきたい。交通取り締まりは、市民の命を守るために不可欠な仕事だ。現場の警察官が日々、危険な道路に立ち、事故を未然に防いでいることへの敬意は揺るがない。
その上で、知っておくべき事実がある。神奈川県警は、交通機動隊や警察署ごとに毎年「水準」と呼ばれる検挙件数の目標値を通知していた。
時事通信の報道によれば、ある警察幹部はこう認めている。
「全国的にも例はなく、ノルマと受け取られることを考えれば不適切だった」
「巡査部長『誤った正義感』で暴走 検挙数『水準』通知、ノルマ意識か」(時事通信、2026年2月20日)
全国47都道府県で、検挙件数の数値目標を現場に通知していたのは神奈川だけだ。
おそらく制度の出発点は善意だった。交通安全への意識を高めるために、取り締まりの目安を示す。組織として安全に責任を持とうとした姿勢そのものは、むしろ真っ当だったと思う。しかし、指標は目標になった瞬間に変質する。経営の世界では「グッドハートの法則」として知られる現象だ。数字を追うこと自体が目的になり、その数字が本来測ろうとしていたもの——この場合は「安全」——との接続が切れる。
この変質を、数字が証明している。
2025年4月、不正発覚を受けて「水準」通知は廃止された。その年の交通違反取り締まりは約30.4万件。前年と比べて10万件以上減った。
制度を1つ外しただけで、10万件が消えた。
この10万件は何だったのか。安全のために必要な取り締まりだったなら、制度がなくなっても件数は変わらないはずだ。消えたということは、その10万件は安全のためではなく、「水準」を達成するためだけに存在していたということだ。
85%のドライバーが違反者になる道路を「ドル箱」にした
では、その「水準」を達成するために、現場は何をしていたのか。
ドライバーWebの集計(「速度取り締まり都道府県別ランキング」(ドライバーWeb))によれば、2022年の速度違反取り締まり件数で神奈川県は85,894件。全国1位だ。2位の埼玉(84,243件)、3位の大阪(73,228件)を上回っている。
「神奈川は道路が多いから」という反論がありそうだ。調べた。
神奈川県の高速道路延長は87.2kmで、全国39位。愛知県は284.7kmで全国10位。神奈川の3.3倍の高速道路を持つ愛知の速度取り締まりは42,906件。神奈川の半分だ。
道路が多いから件数が多い、という説明は成り立たない。
では何が神奈川を全国1位にしたのか。答えは、高速道路ではなく「自動車専用道路」にある。神奈川には、小田原厚木道路、西湘バイパス、横浜横須賀道路、第三京浜など、高速道路のような構造を持ちながら、制限速度だけが低い道路が集中している。
その代表が小田原厚木道路だ。
この道路は設計速度80km/h、4車線、完全立体交差。高速道路とほぼ同じ構造だ。しかし路肩が狭いという理由で、制限速度は70km/hに抑えられている。そして厚木ICで東名高速(制限100km/h)と直結している。
想像してほしい。東名を100km/hで走ってきたドライバーが、構造がほぼ変わらない道路に流入する。体感では何も変わらない。しかし制限速度は突然30km/h下がっている。
ここで、交通工学の基本概念を紹介したい。V85(85パーセンタイル速度)という指標がある。100台の車が通過したとき、速度が低い方から数えて85台目の車の速度だ。要するに「普通のドライバーが普通に走る速度」の上限である。
警察庁自身の資料(「速度規制の目的と現状」(警察庁 速度規制等の在り方に関する調査研究検討委員会))によれば、制限速度70km/hの自動車専用道路でのV85は100〜110km/hだ。
国際標準ではどうか。米国連邦道路庁(FHWA)の基準(「Methods and Practices for Setting Speed Limits」(FHWA))では、V85に基づいて制限速度を設定する。この基準を適用すれば、小田原厚木道路の制限速度は100km/hが適正ということになる。
現行の70km/hと、実勢速度の100km/hの間に、30km/hのギャップがある。このギャップの意味は明確だ。85%以上のドライバーが、普通に走っているだけで自動的に「違反者」になる。取り締まる側から見れば、好きなタイミングで好きな車を止められる。無限の在庫だ。
メディアも警察自身もこの構造を理解している。小田原厚木道路と西湘バイパスは「県警のドル箱路線」と呼ばれ、覆面パトカーが常駐する「聖地」として知られている(「小田厚・西湘バイパスは神奈川県警のドル箱路線」(くるまのニュース))。日刊SPA!は「小田原厚木道路の撃墜王大図鑑」(日刊SPA!)という特集まで組んでいる。
「ドル箱」という言葉が全てを物語っている。安全のための取り締まりなら、「ドル箱」とは呼ばない。件数が稼げる場所だから「ドル箱」なのだ。
「水準」制度は、この構造的ギャップを修正するのではなく利用した。制限速度を低く据え置き、全員を潜在的な違反者にし、検挙効率の高い路線にパトカーを集中投入して数字を達成する。国際基準に従って制限速度を100km/hに引き上げれば、違反者は上位15%に限定され、本当に危険な運転だけを取り締まることができる。しかし、そうすれば「水準」は達成できない。
2025年6月、不正が発覚した後もなお、神奈川県警は同じ小田原厚木道路と西湘バイパスで「白バイ・パトカー一斉投入作戦」を実施している(「小田厚・西湘バイパスで白バイ・パトカー一斉投入作戦」(くるまのニュース))。構造は変わっていない。
個人の暴走では説明できない規模
県警自身が「不適正」と認定し取り消した取り締まりは2,716件。被害者から徴収した反則金3,457万円は返還される。免許停止や取消の処分を受けた被害者もいる。職業ドライバーなら、それは失職を意味する。警察OBの試算によれば、想定損害額は数億円から20億円に達する可能性がある(「でっちあげ神奈川県警——想定損害額は20億円規模」(集英社オンライン))。
この規模を他県と比べてみる。過去に同様の不正が発覚した北海道警は47件、沖縄県警は269件。神奈川は2,716件。北海道の58倍、沖縄の10倍だ。
1人の巡査部長が暴走したという説明で、この桁の違いは説明できない。
県警の処分は、主犯の巡査部長の懲戒免職と、7人の書類送検で幕引きとなった(「神奈川県警の不適正取り締まり、7人書類送検」(カナロコ/神奈川新聞))。しかし、これは症状の処罰であって、原因の処罰ではない。
2,716件を生んだのは、巡査部長個人ではない。「水準」という制度だ。制度を設計し、長年運用し、現場が数字のために不正を重ねる環境を放置した組織の責任は、誰も問われていない。
巡査部長は「誤った正義感」だったと供述したという。私はこの供述を、嘘だとは思わない。おそらく本当に、治安を守りたかったのだと思う。しかし、その「正義感」の方向を決めたのは、検挙件数を毎年通知し続けた組織そのものだ。個人を罰して終わりにすれば、次の「誤った正義感」がまた生まれる。
3つの不都合な真実
この事件から見えてくる不都合な真実は3つある。
第一に、神奈川県警だけが検挙件数の「水準」を全国で唯一通知し、検挙の目的化を制度として組み込んでいた。制度を外した途端、取り締まりは10万件消えた。その10万件は「水準」のためだけに存在していた。
第二に、制限速度70km/hの道路で85%のドライバーが100km/hで走る構造的ギャップを、修正するのではなく「ドル箱」として利用していた。国際基準なら制限速度は100km/hだ。全員を違反者にして「水準」を達成する仕組みを、安全とは呼ばない。
第三に、2,716件の不正は個人の暴走ではなく制度の帰結であるにもかかわらず、組織の責任は問われていない。北海道の58倍、沖縄の10倍という規模が、これが構造的問題であることを証明している。主犯1人の免職は、原因ではなく症状の処罰だ。
編集後記
私は投資家として、数字の裏にある構造を読むことを仕事にしている。企業の決算書でも、行政の統計でも、数字は嘘をつかない。ただし、数字を並べるだけでは何も語らない。どの数字とどの数字を突き合わせるかで、見える風景は変わる。
今回の分析で最も衝撃的だったのは、85パーセンタイル速度の数字だ。警察庁自身の資料に、制限速度70km/hの道路で実勢速度が100〜110km/hだと書いてある。つまり警察庁は、85%のドライバーが違反者になる構造を知っていた。知っていて放置していた。
繰り返すが、この記事は警察を攻撃したくて書いたのではない。交通取り締まりが命を守る仕事であることは疑いようがない。この事件を報じた記者たちの仕事にも、心から感謝している。だからこそ、報道の先にある「なぜ」を検証しなければならないと思った。
「巡査部長の影響力」で片付けるのは分析ではない。制度と構造を問わなければ、同じことは必ず繰り返される。敬意があるからこそ、だめなものはだめだと言う。
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