・・・【Ⅱ】③「織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の裏歴史と今の裏社会」・・・副島隆彦が裏社会の闇を抉(えぐ)り出して一般人向けに解説しています。
・・・【Ⅱ】①「織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の裏歴史と今の裏社会」・・・副島隆彦が裏社会の闇を抉(えぐ)り出して一般人向けに解説しています。
・・・【Ⅱ】③「織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の裏歴史と今の裏社会」・・・
副島隆彦が裏社会の闇を抉(えぐ)り出して一般人向けに解説しています。
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「2237」 副島隆彦と明智憲三郎の対談
(第5回・全6回)
2026年3月2日
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副島隆彦です。今日は2026年3月2日です。
明智氏との対談の5回目を掲載する。
=====
副島 復刻版出した、池田家本の復刻版を出した教授がいましたね。
明智 金子拓(かねこひらく、1967年-、59歳)さんですか。

金子拓

『織田信長という歴史―『信長記』の彼方へ』
副島 金子さん、はい。
明智 東大の史学の先生です。
副島 まとも人なんじゃないんですか。あれだけ正確にやるということは。
明智 うーん。
副島 出さざるを得なかったのかな。
明智 いや、でもね、すごく中途半端なんですよ、あの人がやったことは。
副島 ああ、そうですか。
明智 池田家本は大事ですよと言ったんだけど、その後、崩し字のまんま放置して、もう50年です。
副島 写真版で出したやつですか。
明智 ええ。それが、岡山大学図書館が本にして出した。それ以上はやってくれていないんですよ。何で活字にしないのか。活字にしないと読まれないでしょうと言ってきたんですがね。
副島 50年も何もしていないんですか。
明智 ええ、何でこんなに池田家本を大事だと言いながらね。
副島 ほったらかしにした。
明智 信長プロジェクトをほったらかしにして、非常に腹立たしさがあります。
副島 そうです。
明智 天正10年だけを活字にしたんです。それで出版、普通の出版はできないんで自費出版にしてね。今、これを今度、現代語訳しないとまた市販本にはならない。
副島 それはそうだ。
明智 ということで、現代語訳をやっているのが、ある研究員がトライしてる。
副島 ああ、そうですか。
「愛宕百韻」も、何か「ときは今あめが下しる五月かな」をね、あれはあくまで、明智さんはやはり応援に行けと、毛利攻めの支援のためだと。錦を、業績を上げろという意味だというふうに。私もあれでいいと思うんですけどね。信長殺しまで強行したとは思えないんですね、たったあれだけのことだ。いくら里村紹巴(さとむらじょうは、1525-1602年、76歳で死)とか長宗我部元親(ちょうそかべもとちか、1539-1599年、60歳で死)を知っていたといっても、ここまでコンスピラシー(conspiracy)の歌にできるかどうか。やっぱり『愛宕百韻』は重要なんですか。

里村紹巴

長曾我部元親
明智 重要だと思いますね。
副島 でもそれだと、高柳光寿の業績となりますよね。
明智 いやいや、彼は本当の『愛宕百韻』を見つけてはいないですから。
副島 でもそういう説を唱えたのが始まりですよね。
明智 いや、私が初めてです。
副島 ああ、そうですか。
明智 ええ。
副島 私は理科系の技術者の皆さんに聞こうとしていますが、私はもう15年ぐらい前に、『人類の月面着陸はなかったろう論』(2004年)というのを書いたんです。理科系の理学部、工学部出た人たちにこれ言うと嫌がるんですよ。50年前ですよ。アポロ計画は1961年から72年まで、計6回が行われました。

『人類の月面着陸はなかったろう論』
明智 嫌がりはしませんけどね。嫌がりはしませんけど。
副島 月の上を、宇宙服を着てぴょんぴょん歩いているんですよ、2人で。それで、正面から映像を撮っているんですよ。1969年から2年間だけ。それで、あとはもうやめ、やめ、やめでなくなったんです。だったら、もう一回行ってこいと言ったら、もう行く必要はないんだとか、そんなこと言うんですよ。
アポロ計画自体はあったんですよ。恐らく月の表面にロケットを打ち込んで、ロケットというかミサイルというか、月の表面に撃ち込んだ跡が残っているんです。月の表面を映しちゃいけないんですよ。地球からの距離は37万キロですけどね。ロケットを月から再発射して戻ってくる技術がある訳がないんですよ。これを言うと理科系は困る。

アポロ11号の月面着陸
明智 たしか大阪万博、一つ前の大坂万博で「月の石」が展示されましたね。
副島 1970年の大阪万博に私も行きました。
明智 月の石とかいって出ていましたね。
副島 1970年の万博では、私も見に行こうと思って、会場に行きました。人がいっぱいいて入れなかった。この間の大阪万博(2025年)も月の石を並べたんでしょう。

月の石(こぶしくらいの大きさ)
明智 昨年に万博では火星の石も展示されていました。

火星の石(幅29センチ、高さ16センチ、ラグビーボール大)
副島 月の石と火星の石が展示された。
明智 そうですね。
副島 話にもしない、話題にもさせないんですよ。早稲田大学の大槻義彦(おおつきよしひこ、1936年-、89歳)教授が、あれはネバダ砂漠の石だよと言っちゃったんですよ。この人はね、本当に専門家なんですよ、岩石学の。宇宙線がね、空気と水があるから、月のだと、本当の月だったら宇宙線が通っている。通過しているはずだと。それをね、あれはただの地球上の石だと言ったんで、もう嫌われに嫌われちゃったんですけどね。アメリカにもいっぱいいるんです、そういう人たちが。

大槻義彦
だから宇宙への夢でね、みんながそうやっていたのに、行ける訳がないと。地上400キロのところに宇宙ステーションがあるんですけど、そこから上に人類は行けないですよ。地球ちょっと上の周囲をぐるぐる回るのが関の山です。

大気圏と宇宙空間の境目
という真実を私は書きましたけどね。人類の月面着陸はなかった、それは無理だとね。100年かかっても無理です。ヴァン・アレン帯もあるし、大変な宇宙の放射能が強いですから。だからそういう本も書いていましてね。私が死んでもその本が残るらしいですよ。もうちょっとでばれるんじゃないかな。いや、理科系の人が一番ショックを受ける。衝撃を受ける。あれから60年も経っていて、何でもう一度行かないんだと。
明智 私はちょっと、理系だけどあまり見識がないから、そこは分かんないです。
副島 だから宇宙への夢なんかなくなって、結局自動車産業とか鉄道とかが一番最先端で、よくて半導体の研究ぐらいでしょう。明智さんたちから見たら、今のAIとか2ナノ半導体なんていうのは、もう、何かつながりがあるんですか。
明智 AIは、私が大学に入ったころにAIのはしりが出だしていたんですね。えっ、そんな人工知能なんて本当かという、まずそういう思いだったですよ。それがいま生成AIなんて結構なことができちゃっているんで、ちょっと驚いているんです。
副島 しかしあれハイパー・ランゲージ・モデルで、自然言語の言葉の連なりを前後にやっただけで、あらゆる種類の予測とかなんとかできる訳じゃないですからね。これまでの言説をまとめているだけですからね。自分で考えているというレベルに相当するのかどうか。無理ですよ、それは。
明智 それは違うんでしょうね。
副島 どこまでもAIは進むなんて、口で言うだけで。自動翻訳機とか、ああいうのがかなり進んだということですけどね。
明智 ああ、そうですね。
副島 技術、テクノロジーの進歩を私も疑う訳ではないけど、本当に技術屋の皆さんというのは大変なんだろうなと思いますよ。何かこう、実用化してね、応用工学から、製品にして売り上げを上げて利益を出すまで、とんでもないことだと思う。技術屋たちの屍(しかばね)が累々だと思っていますけどね。
明智 確かにそうですね。
副島 だから理科系の人ほどかわいそうだ。私の知り合いのご主人もトヨタ勤務ですけど、トヨタ、大企業エリートサラリーマンほど落ちこぼれだというのが今の私の考えで、ちっとも恵まれてない。見事、何もない。ただ仲間内でお互い楽しいと、同じような境遇の頭のいい人間たちが集まって、先端技術について研究している。給料をもらってそれなりに生きているから楽しいんだろうけど、いや、どう考えても報われてないですね。
アメリカに全部泥棒されて、全部アメリカに持っていかれちゃった。かわいそうなもんだと思いますよ。ノーベル賞クラスのが何千人も日本にいるはずなのに、みんな泥棒されましたね、コンピューター系はね。マイクロソフトのWindowsとかいう考え方自身も、日本人がつくったんだと思いますけどね、ソニーやらの技術屋たちが。
よくまあ生き延びていますよ、この国も。やっぱり技術屋がいるからですよ。500万人の技術屋。工業高等専門学校を出たような人たちが、工場の現場でちいちゃなちいちゃな改良をずっと重ねているんじゃないですか。現場が支えている。文科系はね、遊んでいますよ。何の意味もない、生産性を高めていないです。
でもまあ明智さんは技術屋としてはそれなりに勤め上げて、まあまあ満足しておられる訳ですか。
明智 そうですね、まずまず、うん。まあ、技術屋でやっていた期間と、経営の企画に携わっていたのと半々ぐらいですかね。
副島 半々ぐらいですか。
明智 ええ。
副島 技術屋が経営に企画するのはシステム設計と言うのかなと思っているんですけど、そういうことでもないですか。ただの経営ですか。
明智 そうですね、生の経営ですかね。
副島 はあ。結局売り上げに結びつけろということですか。
明智 ええ、そうです、そうです。売り上げ及び原価低減。その投資の計画をつくるということです。
副島 目標を設定して、期間を設定して、経費を設定してということですね。
明智 ええ。
副島 これは売り物になるとか、売り上げに貢献するとか。
明智 それを定量的に出さないとならないんで、それには苦労しました。投資は、投資金額というのはまあすぐ計算できるんだけども、それに見合う効果金額というのはなかなか金額まで練り上げられない場合が多いです。特に人間の効率に支配されて、機械を動かす効率はすぐ出るんですけど、人間の頭脳活動を改善しますなんていう計画を立てると、もうほんと金額換算できないんですよね。
副島 はあ。いやあ、もう文科系の世界はめちゃくちゃいいかげんですからね、そんなもんないんですよ。アイデアと、経営者が体を張ってぶつかっていって、思いがけないところで売り上げが上がってということですね。大きくは、歴史に学ぶ知恵というのがあるのかどうかですけどね。権力者たちは、そういう気持ちがあるかどうか。そんな余裕もないんじゃないかと思います。
明智 いや、歴史というと、一般のおじさんたちは、もうおもしろけりゃいいよと、そういうスタンスですよね。
副島 そうですよ。おもしろい本を書かないと売れないという、その切迫感だけで私は生きてきました。それに何万人かの人が食らいついてくれた。真実というのはちょろちょろ、ちょろちょろ火が燃えていましてね。消しても消しても、消そうとしても無理なんですよ。真実の火柱がばっと上がりますとね。
明智 そう信じて続けたいですけどね。ああいう呉座勇一みたいなのが出てくると、何か気力がなくなりますよね。
副島 あいつはろくでもねえやつだと。
明智 いや、もうそれは分かります。本当にろくでもない。
副島 ああいう訳の分からない文章を書いて威張っていられる神経がね、もうおかしいですね。YouTubeがあって、ユーチューバーをやっている、英文学をやっている女の学者、北村紗衣(きたむらさえ、1983年―、42歳)と喧嘩になってですね、その子をいじめたんですよ。同じ東大系の女の子を。それで事件になったんですよ。

北村紗衣
明智 ああ、あれですね、裁判でね。
副島 裁判で負けた。本当にああいうくだらねえことやって。
明智 私が困っちゃっているのは、ウィキペディアで私を引くと、呉座の主張がそのまま解説で出てくるんです。で、それをおかしいと文句を言っても何も変更してくれない。
副島 受け付けないでしょう。
明智 全然受け付けない。全く受け付けなくて、一文字も書き変わらないです。
副島 向こうは、脅威だとは思っているんですよ。明智さんの主張をね、今も。私みたいなのが応援団でやって、何とかしないといけない。あいつら、名指しでばんばん叩かれると嫌がりますからね。
明智 ああ、そうですか。
副島 名指しで叩かないとだめですね。こことここは、おまえ本当におかしいんだということが。明智さん、書き出してください、3カ所ぐらい。最もおかしいのはここなんだと、おまえの文章。証拠を立てて、それを掘り崩さないと駄目ですね、3カ所ぐらい、呉座が言っていることを。呉座叩きで一生を使ったっていいと思いますよ、本当に。それぐらいの意味がありますよ。私が言えるのは、本当におかしい、こいつはとしか言えない。頭おかしいんだよ、あいつね。
明智 いや、読んでいて疲れちゃって、疲れちゃってね、もう読みたくない。
副島 何を言っているのか分からない男。
明智 うん、読みたくないんですよ。
副島 しかし、もうちょっとまともなのにしろと言いたくなるけど。磯田道史はまだ読めますからね。読者というか、磯田はお客を持っていますからね。
私はもう古代史から何でもやっているんですよ。評論家だから。何でもやります。きっとこの人が本当だという人の説を唱えながら。だから聖徳太子(しょうとくたいし、574-622年、48歳で死)というのは蘇我入鹿(そがのいるか、?―645年)なんだ。おじいちゃんの蘇我稲目がね、西暦480年ぐらいから最高権力者になって、みかどとか言っているけども、あれは蘇我氏なんだ。蘇我氏が初期の天皇なんだ。そういうことを言うとまた嫌われる。稲目(いなめ、?-570年)の次が馬子(うまこ、?―626年)、蝦夷(えみし、?―645年)がいて、入鹿ですからね、

蘇我氏の家系図 (公表されている 作り物)

蘇我入鹿=聖徳太子の家系図
明智 そう馬子とかね、入鹿とか。
副島 甘樫丘(あまかしのおか)というのがありましてね。100メートルぐらいぐるっと回って上に上がれるんですよ。低い丘。そこが本当の大和朝廷なんですよ。その下におりていったところに飛鳥川という小さな川が流れて、向こうが飛鳥寺なんですね。下で実務をやっていたんですね。その上の丘、ここから見渡して、持統天皇( じとうてんのう、645-703年、58歳で死 在位:690-697年)が「衣ほすてふ天の香具山」とうたった。だから大和朝廷はそこなんですよ。そこに板蓋宮(いたぶきのみや)など、たくさんあった。20年置きぐらいに建物がぼろぼろになって、建てかえますからね。それがいわゆるアスガでね、奈良に移っていく前まではずっとそこなんですよ。

甘樫丘からの畝傍山

甘樫丘からの耳成山

甘樫丘からの天香具山
建設省に勤めていた役人が、奈良の盆地がこうあって、南半分大きな湖があった。それが大和川、飛鳥川が大和川になるんだけど、河内に行って。掘削して、水がどんどん流れ出るようになったんです。で、どんどん引いていったんです、100年かけて。だから引いていったところが順番にいい田んぼになりましてね、だから肥沃な、豊かな地域なんですよ。奈良のほう、今の奈良市のあっちの、もっと南側ですけどね、最後に残ったのが飛鳥川で、聖徳と言われた、今の法隆寺から船で通っていたみたいなんです。10キロを、馬じゃなくて船で行った。だから法隆寺というのは蘇我氏の菩提寺で、蘇我一族はみんな法隆寺にいるんですよ。奥さんも子供も、みんな。

大阪平野誕生の変遷
どうも蘇我氏は何というか、渡来人という言葉、帰化人とか言うけど、やっぱりそうみたいですね。中国系で、漢文を書ける、読めなきゃいけない訳ですね、中華帝国の皇帝からの手紙とかを読めなくてはいけない。だからそれ言うと日本の国史に反するから。私の先生の一人で、外語大の東アジア研究所の岡田英弘(おかだひでひろ、1931-2017年、86歳で死)教授、この人もかわいそうだった。

岡田英弘
1976年に『倭国の時代』(文藝春秋社)、1977年に『倭国―東アジア世界の中で』(中公新書)という本も書いているんだけど、西暦667年に倭国、倭というのはちびころという意味、ちびころの国が滅んで日本という国ができたと。全部消えたんだと、倭、日本になった。そのことを702年に、「日本」という言葉を、中国の唐の帝国が認めた。だから、岡田教授は、667年日本建国説なんですよ。日本古代史学者たちも、この説をとらざるを得ないんですよ。ところがこいつらが岡田英弘をいじめましてね。もういじめて、いじめて。この人は東洋史ですから、モンゴルや韓国、中国研究だから。だから岡田をいじめましたね。

『倭国の時代』 (ちくま文庫)

『倭国―東アジア世界の中で』
だけどこの岡田がね、最初の1行で「日本を建国したのは華僑たちである」と書いちゃったんです。日本古代史はそれでひっくり返っちゃって、それ以来、岡田説が主流なんですよ。今もそうです。もう偉そうなこと言えなくなっているんですよ。だけど、岡田のことをみんなで嫌っている。それが古代史です。宮脇淳子(みやわきじゅんこ、1952年-、74歳)さんというのが奥様でもあるんだけど、後継ぎだけど、岡田の教え子は国立大学の教授には絶対しないと、そう言われた。

宮脇淳子(左)と岡田英弘
だからいま聖徳太子はいなかった説が、僕らが小学校のころは、「2人説あり」と書いてあった、小学校、中学校の教科書に。今はね、厩戸王(うまやとおう)とかいう、無理やり。『日本書紀』に、たった1行ちらっと出てくるだけで。誰だ、それは、分かんない。厩戸王だと。そういうのが古代史なんですよ。
だから飛鳥にあった朝廷は全部。その甘樫丘というのは蘇我氏の武器庫とずっと言われていた。武器庫とかなんとかじゃなくてあそこにあったんだと、大和朝廷はね。いつもの実務は下のほうの平地のほうでやっていた。そういうのをさっさと認めろ。嫌なんですよ。大王(おおきみ)とかね、みかどとか。大きな門があったというんでしょう。蘇我氏がつくったんですね。そういう本も書いていましてね。『闇に葬られた歴史』(PHP研究所、2013年)です。何でもやるんです、私は。歴史を暴き立てる、真実を暴き立てる。

『闇に葬られた歴史』
で、日本の、だから大和朝廷をつくったのは華僑たちですから、中国のね。商人階級で位をもらっていないらしい、中国皇帝から。だから中国皇帝の家来じゃないんですよ。そこが日本の運命をね。だから日本国はもともとから独立したと言わないと気が済まないんでしょう。だって中国語の文献を読めなければ知識人階級じゃないし、支配者階級になれないんですからね。だから東アジアの歴史の一部としての日本なんだ。
だからウィリアム・アダムスのカルバリン砲という大砲を、家康が最初にウィリアム・アダムスのカノン砲を手に入れた訳ですから。それで関ヶ原で勝った訳ですからね、ぶっ放して。その何年後ですか、10年後ぐらいにガイ・フォークスの乱(Guy Fawkes Treason)というのがあって、エリザベス1世(Elizabeth I、1533-1603年、69歳で死 在位:1558-1603年)女王の後のジェームズ1世(James I、1566-1625年、58歳で死 在位:1603-1625年)が爆殺されかかったんですよ。1605年のことです。イギリスの議事堂の下に爆薬を仕掛けて。それが有名なガイ・フォークスの乱ですよ。

エリザベス1世

ジェームズ1世
ガイ・フォークスが、ガンパウダー事件(Gunpowder Plot)とも言うんだけど、失敗したんですよ、爆殺。カソリックの系統の貴族たちがやって、失敗して、それで怒り狂ったジェームズ1世がベトナム王とかマラッカ王とか、王たちに最新式のイギリスの大砲を送ったんですよ。それが家康のところに来た。家康のところに来たそのカルバリン砲で、冬の陣も夏の陣も照準を合わせて、冬の陣でぶっ放したら天守閣が壊れたんですよ。
それで淀君(?―1615年)がもうおびえまくって、おびえて、おびえて和睦したんです。だから、家康がジェームズ1世国王から大砲をもらっているんですよ。それは当時最新式で、2キロぐらい飛ぶから、もう壊れちゃうんですよね。そうすると、もう勝てない訳ですから。そういうことも、私は調べ上げて書いていますけどね。だから最先端の武器、兵器を持っているほうが勝つんですよ。
明智 ジェームズ1世云々は広まってないですけども、大坂城が大砲で和睦したというのはそうえすね。
副島 西洋大砲。
明智 天守がぶっ壊された。
副島 それで淀君がうろたえた。
明智 淀君がうろたえたというのは、何かみんなそういう、今は常識化していますね。
副島 ジェームズ1世が大砲をくれたという話を、言わないことになっている。幕末もそうですよ。アームストロング砲、あれがあったから、薩長が勝っちゃったんですよ。4キロ届いたというから。幕府の大砲なんて、1キロしか飛ばない。薩長の裏側にイギリスがいて、全部イギリスが悪いことしたんですよ。それを絶対に教えないことになっている。立派な国だ、立派な国だということにしちゃって。何食わぬ顔して、立派そうにしているのが一番悪いですよ。権力者というのは、何食わぬ顔していますからね。

アームストロング砲
明智 井沢元彦(いざわもとひこ、1954年-、72歳)さんが実証主義史学を批判して、何でもかんでも書き残している訳ではないという主張をしています。

井沢元彦
副島 それはそうです。
明智 まさにその、陰謀した連中のほうの記録は残らないですよね。
副島 表に出さない。なぜなら裁判官から警察から、全部自分たちが動かしていますから、残す訳がないんですよ。それを権力者が共同謀議(きょうどうぼうぎ)と訳せと、英語のコンスピラシーをね。
明智 現代でも、森友事件みたいなことですよ。ねえ、あんな秘密協議でやっている訳ですよ。
副島 権力者が残す訳がないんですよ。だけど、ほんとのことを書かなきゃいかんのが言論人の仕事だから。全部押し潰しますからね、都合の悪いことは。彼らは押し潰すのがお仕事だから。
いや、呉座勇一を一生、丸々で叩くかないと駄目ですね。名指しで。どうせ向こうは相手にしてきませんから、知らん顔して、絶対相手にしてきません。もう呉座、この野郎って叱ってください。何を言っているんだ。この文章を読んでみろ、誰も読めないからって。馬鹿扱いしないと駄目ですね。
明智 いや、あいつのために時間を費やすのは、すごく馬鹿くさいなと思って。
副島 いやいや、もうやらないと駄目ですよ。降りかかった火の粉だから。これね、叩きのめさないと駄目ですよ、完膚なきまでに。
明智 でも、分かっていてやっている訳ですよね、やつはね。だからね、どうなんだろうな、ああだこうだ言っても、そんなのはこたえない。
副島 こたえない。ただ、周りの読者はね、偉い先生、偉い先生に従いますから。民衆、大衆は権力者に逆らわないですよ。
明智 それはそうですね。
副島 でもおかしいな、おかしいなとみんな思っている。言えないんです。あんなやつの文章なんて読めたもんじゃない。言われたほうは恥ですからね、こたえますよ。こんなのが何で日本の若手の日本史学者、しかも代表なんだ。いいかげんにしろよと書くとね、こたえるんですよ。
だから明智さんと副島隆彦が組むとね、向こうは怖がりますよ。だって私とは喧嘩なんてできないですから。私に喧嘩を売って勝てるというのはあんまりいないでしょうね、今。テレビに出さない、新聞に出さないという、干し上げるという戦略でやってきた。まあどこまで、やるだけのことをやっとかないと。やっぱり高柳光寿以下全員を叩くべきですよ、おかしい連中がやったことを。
明智 うん、うん。
副島 学者で責任があるからね、彼らはね。あとは誰でしょうかね、あと2~3人いるんじゃないんですか。その池田家本の人と。誰だろう。
明智 やっぱりテレビに出ている人間が、もういっぱい振りまいているのは許しがたくて。小和田哲男(おわだてつお、1944年-、82歳)にしろ、本郷和人にしろ。あのあたりはもう本当に平気で嘘の話を、ぱっぱぱっぱしゃべり散らかしていますから。

小和田哲男
(つづく)
「2238」 副島隆彦と明智憲三郎の対談
(第6回・全6回) 2026年3月9日
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副島隆彦です。今日は2026年3月9日です。
明智氏との対談の6回目を掲載する。
=====
副島 小和田哲男さんという人は穏やかそうに見せかけた人で、大して業績ないですね。戦国時代の専門家で、どこにでも監修、監修で出てきて。あの人自身は何の研究家なんだろう。ほんとに、穏やかそうにしている。あの人は、静岡大学の教育学部長で、歴史学者なのか、分からない。
明智 何でしょうね。
副島 ずっとこの30年、ずっと小和田哲男ですから。何か歴史物の本があるとね。
明智 うん、そうですね。
副島 3分の1ぐらい小和田じゃないのかな、大河ドラマの監修者は。あの人は、何か恐らく人と喧嘩をしないタイプの人ですよ。
明智 うん。
副島 学会に君臨するとか、そういう気持ちもない人でしょう。だから触れない、まずい問題に触れないで逃げる人でしょう。彼が何かはっきり物を言ったこと、一回もないんじゃないかな。どこが問題ですか、小和田哲男。
明智 小和田に言ったのはね、僕は「軍記物は扱っちゃいけませんよ」と言ったんです。言ったら、「いや、私は使います」という回答なんですよ。一次史料のないところでは二次史料の軍記物を使う、もちろん裏どりはしますと答えました。一次史料がない空間でどうやって裏をとるのか。それ、矛盾していますよね。平気でそう言って、確信犯なんです。軍記物を使う。
副島 それをそのまま書いてください。それが、小和田には一番こたえますよ。ただ、一次史料というのは、私もね、太田牛一の『信長公記』は、すばらしいと思いますよ。それでも明智さんが書いているとおり、どこかで大村由己(おおむらゆうこ、?-1596年)の影響を受けておかしくしたとか、後で書き直したとかね、そういう箇所もあるので。どんな人も思い違いはあるけど、太田牛一は嘘を書かなかった人ですね。

『信長公記』
明智 うん、そうですね。
副島 偉いですね、あの人は。『綿考輯録(めんこうしょうろく)』とかひどいんですよね、きっとね。細川家というのはひどい。だから細川家の、首相までした細川護熙(ほそかわもりひろ、)なんかも、いや、応仁の乱の前後、あのころの管領細川家とは関係ないんだという言い方をしてる。

『綿考輯録』
明智 ああ、そうなんですか。
副島 家柄がつながっているふりだけしますけど、全然関係ないみたいですよ、細川家は。古いほうとは、室町のころの細川家とは。だから細川藤孝っておかしな男だから、横から入り込んできて細川を名乗ったんですよ、兄貴もね。それで取り入ったんですよ、うまいぐあいに。年上なんだけど、明智をうまく使ったんですね。だからやっぱり比叡山焼き討ち(1571年)のあたりから、明智のほうが格が上になってくるわけでしょう。信長に直接仕えてね。信長にどのように仕えていったかをね、はっきりさせたのも明智憲三郎の業績ですよ。
明智 ああ、そうですかね。
副島 そらそうですよ。あそこを証明したから。あれは大変な業績です。明智光秀は、たった3年ぐらいの間にどんどん信長の信頼を得て、本当の側近になっちゃいましたからね。ただ、それが恨み、怨恨説でもなければ何とか説でもないところで、明智はね、信長を討つ側に入ったのは、やっぱりキリシタン大名だからですよ。キリシタン、イエズス会の命令に従うんですよ。こうとしか言いようがない。
あとね、加治将一(かじまさかず、1948年-、77歳)さんという人が『軍師千利休』(2020年)という本を、こんなのを書いています。割と正確に書いてあります。利休がぐっと格が上なんだと、千利休(せんのりきゅう、1522-1591年、69歳で死)が一番上なんだ。その下に、12~13歳のころから、小西行長(こにしゆきなが、1558-1600年、42歳で死)と高山右近(たかやまうこん、1552-1615年、63歳で死)は、カジノのメッカみたいになっているポルトガル領の、そこです。私も行きましたけど、小さなところなんです。香港のこっち側のマカオで、小西行長と高山右近は育てられて築城術とか大砲術とかいろいろ習ったんですよ。

千利休

加治将一

『軍師千利休』
18歳ぐらいで帰ってきて、だからポルトガル語ができたので、高山右近と小西行長が、キリシタン大名のトップ。だけどそれよりは利休のほうが、格が上なんです。利休が全部采配していて。だから意地の張り合いで秀吉に切腹を命じられたんじゃないんですよ。惨殺だそうです、惨殺。宮中のこっち側、外に出たところですごい、ひどい殺され方をしたらしい。なぜなら、秀吉殺しをやろうとしたからです。この本にずっと書いてある。
それで今でもお茶の本で、利休の一番弟子で、お茶の本で一番格の高い茶の湯の研究書『山上宗二記』を書いた男である山上宗二(やまのうえそうじ、1544-1590年、46歳で死)が、小田原攻め(1590年)のときに秀吉に投降して、湯本にいたときに毒を盛ろうとして、秀吉に、お茶係とした。それが発覚して、殺されている。そのつながりで、師匠の千利休も、ひどい殺され方をしている。それが真実だろうと私も思います。ただの意地の張り合いとか、そんなんじゃないんです。だから、利休がキリシタン大名たちよりも格が上なんですよ。どうしてもそうなりますね、権力者に一番近いところにいるやつは。
だけどそのイエズス会と、ドミニコ派とフランシスコ派と、この内部の抗争があってですね、利休はそれに巻き込まれているらしい。派閥抗争に巻き込まれた。だから千利休はね、でもやっぱり秀吉殺しを画策したんですよ。だから殺されたんです。それが一番正しいんでしょうね、理屈からいって、ただの意地の張り合いとかなんかで殺されないですよ。
明智 それはそうです。
副島 私もね、そういうことを調べるのだけは得意でしてね、きっとこれが真実だと分かる。だから高山右近はね、20年、秀吉のころのバテレン禁止令のころから、どこで隠れているかといったら、金沢に20年いました。前田家にかくまわれていた。
明智 前田家ですか。
副島 前田家のところで焼き物をやっていたり、城つくったり、いろんなことをしています。で、帰ってきても何も、いることはばれていたみたいだから。で、1613年にこれはもう、まだ家康生きているけど、秀忠の禁教令、追い出すと、転向しろと、キリシタン大名やめろとなった。みんな「はい、分かりました」と書いたらしいんだけど、右近は書かなかった。で、追放されて、マカオで死んでいるんです。
明智 そんな後の話になっているんですね。
副島 そう。だからずっと、その途中で長崎でね、二十六聖人を焼き殺した。元和の大殉教(1622年)です。私の本に入れましたが、26人バテレンたちを焼き殺して、真ん中にフランシスコ会の宣教師とかいろいろ入っているんですよ。顔まで全部分かるんですね。火をかけられる前に、こっち側に切った子供たちの首を並べて。これが例の、今でも有名なキリシタン弾圧のね、大変な史料と言うけども、これはカソリック側がやったんだ。イエズス会がね、献上品。こんなひどいことを日本でやった。


元和の大殉教
これがですね、これは岐阜城に行って、岐阜城の外にかけてあったやつで、私が撮った写真で。恐らくこの岐阜城の下にね、その金華山の下に信長がつくった。まるで西洋式のお城みたいだった。岐阜城、井之口城が岐阜と名前を変えますから。やがてそこから京都に攻め上がったんです。ここに足利義昭が来たわけでしょう。1568年に越前から岐阜にに来て上洛した。義昭が家来として光秀と細川藤孝を連れてきたんでしょう

岐阜城
だから私なりには、秘密は恐らくこうだろうと暴き立てて、バテレンたちが日本に対して、本当に悪いことした。要するに思想、信仰、脳をね。これです、これは有名なやつで、長崎のね。今の長崎駅のちょっと先がもう海岸線で、周りからみんなで拝んでいるんですよ。日本人たちが死んで。ここ見てください、これ。この奥さん、子供ですよ、こいつらの。子供の首が並んでいるでしょう、奥さんたちも切り殺した。あと、火をかけて燃やしたんです。馬鹿みたいな格好をしているのが長崎奉行。もう最後のほうですけどね。これね。奥さん、子供たちです。ただの日本人を焼き殺す訳がないでしょう。切り殺してね、血だらけになった。ここで竹矢来があって、こっち側でわっと船からみんなで一生懸命拝んでいるんです、信者たちが。信者たちだって、格の上の人たちだから。こういうの、自分たちで残しているんですよ。茶髪とか、黄色とか赤の髪の毛ですよ。
だからね、こういう大きな真実がある。自分たちで書き残している。顔まで分かるように。私はだから、朝鮮と中華帝国と日本、とにかく西洋白人とキリスト教が死ぬほど怖かったんですよ。まあそれは理由があるよということになって、それよりも、宇宙人が出てくる訳がないんでね、それより大きい話はないんだと、この地球上に、今。本当に悪いことをしている。戦争でも何でもさせるんだと、この人たちは。
昭和の戦争もデマで仕組まれているんですよ、昭和天皇(1901-1989年、87歳で死 在位:1926-1989年)もだまされた。その本も書いています。昭和の戦争。昭和天皇は40歳ですよ、大戦のとき。耳と口だった外務大臣がいるんですよ。松岡洋右(まつおかようすけ、1880-1946年、66歳で死)です。洋右が口と耳だったんですよ、英語ができたから。苦労してアメリカ留学して。それで、日独伊軍事同盟をあいつがつくった訳じゃないけども、その前に国際連盟脱退演説をやった。1933年、ナチスの政権ができた年。わあーっと脱退演説をやって、偉い偉いと言われて帰ってきてんですからね。本人はどういう目に遭うか分からんと思っていた。

『思想劇画 仕組まれた昭和史

昭和天皇

松岡洋右
ここから満州の、満鉄総裁(1935~1940年)になったりいろいろした。それで、1940年から外相をやった。1941年にイタリアに行って、ムッソリーニ(Benito Mussolini、1883-1945年、61歳で死)から歓迎された。その後はヒトラー(Adolf Hitler、1889-1945年、56歳で死)と会って、ヒトラーにも、おおーっと歓迎されました。それからスターリン(Joseph Stalin、1878-1953年、74歳で死)のところ行って、スターリンに、おおーっとスターリンが駅まで出迎えまでした。この松岡がどんなに偉かったか。

松岡とムッソリーニ

松岡とヒトラー

松岡とスターリン
ところが4月に帰ってきて、1941年6月22日に独ソ戦が始まる、バルバロッサ作戦です。松岡はもう真っ青になりましてね。それで近衛首相に「お前なんかどうでもいい」とか言って、「俺は宮中に行って天皇に直接言う」となった。もうこうなったら、直接ロシアを攻めましょうと。馬鹿とか言って、昭和天皇が怒るんですよ。おまえが不可侵条約をロシアと結んできて、何を言うかと。イギリス、アメリカと開戦するのはもう決まっているんだと、もう止められないんだと。いや、何とかロシアを攻めて、イギリスやアメリカを敵に回す訳にいかんと言ったんですけど。で、松岡は、俺は絶対外相を辞めないと頑張ったから近衛が辞めちゃって、それでもうはめられていますから、アメリカ、イギリスに。もう駄目なんですよ、何もかも。
それで松岡もはめられて、ああ、俺と天皇がはめられたと、分かっているんですね。戦争させられるんだと。それを私なりに解明したんです。だから何でムッソリーニと、ヒトラーと、スターリンまで巻き込んで四国同盟をつくろうとしたんですよ。何に対してですか。イギリスに対してです。シンガポールを陥落させる、ハワイも。この東アジア、アジアは日本にくれ、インドまでくれと言ったら、分かったと。ムッソリーニとヒットラーとスターリンが、俺たちはインドまで行けないから、日本のものにしていいと言ったんですよ。これなんですよ。この大きな真実を、私は暴き立てましたからね。

『スターリン、ヒトラーと日ソ独伊連合構想』
でも大きな意味では、はめたんですよ。最初は負けて、負けるふりをして撤退して、イギリスとアメリカはね。オランダも。この包囲網にかけたんですよね。パリが陥落したから、1941年6月のたった1カ月。もうこれはドイツの勝ちだと、それじゃあ軍事同盟を結ぼうとなったんです。そのときからはめられたんですね。松岡以外の悪いのがいっぱいいてね。阿南惟幾(あなみこれちか、1887-1945年、58歳で死)は腹を切って死んでまともだった。最後に腹を切る瞬間に、俺たち陸軍は馬鹿だったと、海軍にだまされたと言って腹を切って死んだんですよ。1945年8月15日の朝。玉音放送がある。俺たちは馬鹿だった。海軍はね、米内光政(よないみつまさ、)海軍大臣以下みんなアメリカの手先だった。だからこれ言うとみんな嫌う。井上成美(いのうえしげよし、)とね、次官、それから山本五十六(やまもといそろく、)連合艦隊司令長官、アメリカの手先、イギリスの手先ですよ。海軍だから、外国にいますから。はめられるんですよ。軍人のトップを向こうにとられちゃって、戦争に勝てる訳がないでしょう。

阿南惟幾

米内光政、山本五十六、井上成美
こういう大きな真実をね、誰も書かないんですよ。私は、本だけは書きましたからね、もう。はめられたんだ、だまされた。だまされるから、歴史の中ではいつも負けるんだと。自分がだまされなけりゃ負けないんだと。株の取引でも何でも、はめられるからだまされて、ひどい目に遭うんでしょう。だまされなければ、あれ、待てよと疑って後ろに引いた人は生き残りますからね。ですから、ああ、はめられたんだ、昭和天皇もみんな。戦争させられるように仕組まれた。
明智 これから、読む本が大量になりそう。
副島 いやいや。
明智 頑張ります。
副島 もうちょっと、あと少しやりましょう。だから私も72歳までいっぱい真実を暴き立てました。ただね、証拠になる文献はそんなにはないんだけど、5%あればいいと。私が読める分量はもう限られているからと。大きな枠組みを見たら、きっとそうだと。
あれなんかもそうですよ、日清戦争(1894-1895年)、日露戦争(1904-1905年)も、幕末から仕掛けたんですよ、イギリス、オールコックたちがね。ロシア帝国に対して、極東で日本を育てて、大きくして、八幡製鉄所(1901年操業開始)をつくらせてロシアと戦わせる。これなんですよ、大英帝国の戦略は。そうでしょう。日本軍が戦ったんじゃないんだと、イギリスからいっぱい安い金で戦艦もらって、その前に訓練して、それで着々とイギリスがやったんです。私は大きな真実はもう暴き立てたんです。

官営八幡製鉄所
日清戦争なんか、定遠(ていえん)、鎮遠(ちんえん)という大きな船が、4隻ぐらいが沈みかかっただけで、全然、清国はこたえてないんですよ。そのときの賠償金、お金は日本に入ってこないんですよ、2万両、2万テール。みんなイギリスに行っちゃって、イギリスの製鉄所が八幡に来たんですよ。これでぼっと火をつけてね、日本のために鉄をつくって、着々と日露戦争の準備をさせたんです。ほんと悪いんだ、イギリスがやることは。

定遠

鎮遠
伊藤博文(いとうひろぶみ、1841-1909年、68歳で死)はね、それをやめろと言った。伊藤博文こそがイギリス手先代表なんでしょう。育てられたんです。だから家茂将軍と孝明天皇殺しにかかわっているでしょう。一番悪いのは、三条実美(さんじょうさねとみ、1837-1891年、53歳で死)の11歳上の、やっぱり岩倉具視(いわくらともみ、1825-1883年、57歳で死)だ。天皇と将軍を殺しているのですから。だから権力者なんですよ。そうすると伊藤も大久保利通(大久保利通、1830-1878年、47歳で死)もね、加担している。もう嫌だった、嫌で嫌でしょうがなかったのが、西郷隆盛(1828-1877年、49歳で死)でしょう。西郷も最後は殺されましたね、山県有朋(1838-1922年、83歳で死)を使って。

伊藤博文

岩倉具視

三条実美
伊藤はだからワルなんだけど、ドイツ帝国、ロシア帝国とも仲よくする、戦争しないと言った。一番怒り狂ったのがイギリス。山県有朋に命令して、伊藤を殺せとなった。だから、伊藤がハルピンに行ってロシアの全権公使の大蔵大臣ウラジーミル・ココツェフ(Vladimir Kokovtsov、1853-1943年、89歳で死)と握手しようとして、上から撃ち殺された。山縣有朋の銃殺隊に殺されたのであって、安重根(あんじゅうこん、アンジュングン、1879-1910年、30歳で死)が殺したって嘘ですよ。股の下からピストルで殺したって、何を馬鹿なことを言っているのか。ロシアの支配下ですから、あのときのハルピンは。安重根が殺せる訳がないんです。こういう真実も全部書きました、暴き立てました。だからお話は全部通るんですよ。イギリスとしては、伊藤は要らない。次の年(1910年)が日韓併合ですから。

大久保利通(左)と西郷隆盛

山縣有朋

ハルビン駅頭の伊藤博文

伊藤暗殺は安重根ではない
日韓併合もね、伊藤はね、日本の従属国として朝鮮国を残せと言った。息子も、孫も、全部消して、朝鮮王国を消せ、日本人にしてしまえと言って教えたのはイギリスです。神と子と聖霊で三位一体、トリニティ(trinity)と言うんだけど、神と子と、聖霊って訳が分かんない、ホーリースピリット(holy spirit)。ここにイギリス国王と入れたんですよ。これは、イギリス国教会のヘンリー8世(Henry VIII、1491-1547年、55歳で死 在位:1509-1547年)のとき以来そうなった。神と、子がキリストね、デウス、キリスト、それからそれがあれなんですよ、現人神(あらひとがみ)の子孫で、神にしちゃった。日本もやれと。イギリスがそれをつくったんです。
そして朝鮮民族を滅ぼせと。で、日本人にしてしまえと。あんなことは、日本人の発想から出てこないです。最後の王后陛下の閔妃(みんび、1851-1895年、43歳で死)を虐殺したのも、三浦梧楼(みうらごろう、1847-1926年、79歳で死)という男なんだけども、朝鮮でね。それは朝鮮民族、怒るはずだよ。朝鮮の労働者たちをいっぱいいじめたという話、徴用工問題なんかよりも、皇后陛下を殺していますからね、ロシアの手先になったとかいう理由で殺した。夫の朝鮮国王高宗(コジョン、コウソウ、1852-1919年、67歳で死)はロシア公使館に逃げ込んでいるんですよ。奥様が殺されましたからね。そういう真実を、朝鮮人でも知らない。知っているんだけど知らない。だから安重根()が英雄だと馬鹿なことを言っている。その程度ですから、世界の知識人階級、権力者たちだって。全部操られるんですよ。何でもかんでも。

閔妃

高宗

三浦梧楼

『閔妃(ミンビ)暗殺―朝鮮王朝末期の国母』
もうね、戦後もずっとそうです。第五福竜丸も全部インチキだった。放射能なんか浴びていません。誰ひとり死んでない。輸血の時の注射針が汚染されていた毒で死んでいる。有名な久保山愛吉(くぼやまあいきち、1914-1954年、40歳で死)もそうだ。もうそこに読売新聞とCIAが全部絡んでいて、ぴゃあっと発狂状態に陥れて、あれを原水禁・原水協運動をやらせるんですよ、共産党や社会党を操ってね。それなのに、東海村でどこんどこんと平和のための核(アトムス・フォ・ピース、atoms for peace)というのをやって、原発をやる訳でしょう。

第五福竜丸

久保山愛吉
明智 安倍銃殺はどうなんですか。

安倍晋三銃撃
副島 だから安倍晋三(1954-2022年、67歳で死)を殺したのはね、アメリカです。安倍はね、核兵器を秘密でつくろうとしていた。アメリカは許さん。ロシア、中国が日本の核武装を許さないと言っているんじゃないですよ。アメリカが許さない。北朝鮮が核持つのと、日本が核持つのは同じことなんですよ。だって方向さえ向ければアメリカまで飛びますから、許さないんだ。ノン・プロリファレーション(Non-Proliferation)と言うんだけど、核拡散防止条約体制で、五大役人、だからアメリカ、イギリス、フランス、中国、ロシア以外は核持っちゃいかん。勝手に持っているのは、今も禁止なんですよ。イスラエルも持っちゃっているけど。北朝鮮も。
安倍は最後まで理解できなかったんだ。日本が核を持つことはロシア、中国に対していいことでしょう。いいことでしょう、いいことでしょうと言い続けた。育ての親のマイケル・グリーン(Michael Green、1961年-、65歳)がいいかげんにしろと言って、出ていった、それが2022年5月。

マイケル・グリーン
そして、7月に殺された。安倍晋三は、アメリカのレッドラインを越したんです。三菱重工と東京電力と自衛隊の一部が組んで、こうやって、こうやって、こうやって部品を、IAEAが見ていますから、カメラで、原子力委員会が監視しています。いつでも、1カ月でつくれるそうです。さっき有力政治家だった人から電話来たんだけども、この人もぼけちゃってね。「いや、1カ月でつくれると言ってきたよ、三菱の副社長がよう」と言っていた。政府のご命令とあれば、1カ月でつくれると。ただし核実験は要らないんですよ。シミュレーションだけでいいと。そういう国なんです、日本とドイツはね。だからアメリカは、許さん、安倍を処分しろとなった。
もっと恐ろしいのは上皇后、明仁と美智子も安倍を相当憎んでいましたからね。日本の国家体制の一番上ですよ。安倍たちは、統一教会、反共右翼ですから。統一教会との闘い、私はずっとやっているんです、この20年間。統一教会もね、CIAとバチカンが、ローマ教会がつくったんです。反中国、反共右翼の体制をね。これが統一教会。それとの闘いを、もうずっとやっているんです。私も殺されかかってきたけど、安倍が死んだから、ああよかったと。

明仁、美智子と安倍晋三

愛子天皇待望論
アメリカのCFR系が殺したんですけどね。安倍処分せえとなった。直接手を下したのは、後ろに立っていたこんな背の高いSP。遠くから弾が飛んできても当たりません。300メートル先からとか、弾なんか届かないです。馬鹿野郎の山上徹也(やまがみてつや、1980年-、45歳)が撃ったなんて嘘。あれは、ただの発煙筒ですからね、パーンって。発煙筒。自衛隊の幹部が言った、「えっ、銃ってつくれるんですか」って言ったのよ。手製の銃でそこらじゅうで人が死ぬなら、そこらじゅうに銃があるよ。
明智 いやいや、ほんとだ、おかしな話だなと思う。
馬鹿が。ですから、誰も当たってないでしょう。だから後ろのSPは「総理、大丈夫ですか」と言って、奈良市長と自民党青年部長がわっと上から覆いかぶさって、こことここにポンポンと、小さな銃で撃ったんですよ。血は心臓の中で止まって、ガリウムヒ素弾というんです。溶けるんですって、これ。ここだけ血が流れていて、ほかは何もないんです。これが真実です。
こういうことも私は書いているけど、およそ日本国家体制上は、私の言論はもう枠の外をずっと通り越している。佐藤優なんかに言っても「うーん、そうですね。おかしいですね」と言いながら、駄目なんです、彼らは。大きな真実に到達しない。私はもう次の日には「なあ、佐藤君」って、対談もやっていたから。「おかしいだろう」「おかしいです」って。編集長が、「いや、1発撃つと8発弾が出るんだそうです」「馬鹿じゃないか、これは」とどなり散らかして、「1発で8発って何なんだ、それは」と。だから弾見つかってないでしょう。
明智 うん。
副島 だからね、馬鹿みたいな真実というか。だからね、私はもう40年もこういうことをやってきた人間だから、恐れられているんですよ。だから絶対副島隆彦を封じ込めろとなる。それでも、本屋に本は並ぶんですよ、毎回毎回。40年間闘って、我慢して我慢して生きてきたんですよ。明智さんの我慢力より私のほうが10倍はすごいと思う。
明智 それはそうですね、全然違いますね。
副島 私は、いろんな角度で、いろんなことやっていますから。いろんな本を書いていますから。ただ、めげないで、明るく、楽しくというかね。落ち込んだりしますけど。まあそういう訳で、ぜひまた今後、力石幸一編集長を連れてきます。

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まあまた準備して、今のテープ録(ど)りしたのをちょっと文章にします。要らないところは全部削って、役に立ちそうなところだけ。それで何とかね。今度、力石編集長にお会いください。しっかりとした人ですから。彼が里村紹巴のことが気になると、そういう特別な人間なんですよ。ちょっと普通じゃないでしょう。
明智 うん、普通じゃないですね。
副島 普通じゃないですよ。
明智 うん、普通じゃない。
副島 彼は頭がいいんです。もうずっと、40年も編集長をやってきているから。徳間の役員もやったんです。社長にはならなかったけど。真実の目利きなんですよ。でもずっと私につき合っていますからね。だけど、まあ僕らできることに限りがあるから。でもずっと私と、もう20年だな、やっていますから、信用は置けます。徳間書店が出すとはっきり言いましたから、大丈夫です。
明智 いや、それはうれしいです。
副島 今日はどうもありがとうございました。
(終わり)
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