プロローグ:「DBA間違いだらけの床矯正 」より
プロローグ:2003年の8月号のJOPに載っている秋元秀俊氏の論文がある。秋元氏は「クインテッセンス」の編集長としては名前の通ったひとである。第1回仙台口腔育成シンポジウムで、口腔育成はより大きな患者利益をもたらすか?というテーマの中での講演である。矯正歯科「医療」における患者利益ーそもそも歯科矯正は医療なのかーということで話をしている。それを少しダイジェストさせてもらうことにする。「矯正歯科は医療かどうかといわれれば、医療に決まっています。なぜなら、医療というのは医師、歯科医師によってなされるものだからです。しかし、医療というものが効果的であるとか、あるいはサイエンティフィックであるというような前提はどこにもないわけです。」まず、強烈な先制パンチを放っている。正にそのとおりという以外にあるまい。そして次のように続く。「今までも医療というものは十分なエビデンスに基づいているという意味でサイエンティフィックであったことはなかった。それから、十分効果があったかどうかもあやしい。医療はいつも失敗の上に経験的に蓄積されてきたにすぎません。歯科矯正が医療であるかどうかは、制度的な問題です。医師、歯科医師がやることは医療に決まっているわけです。医師、歯科医師の免許のない者がやるのは異様でないというだけであって、やることの正しさとか根拠の有無で医療だといっているわけではありません。逆に言いますと、患者にしてみれば、どんないい加減なことをされても医療だということなのです。」正に現在の矯正歯科の現実を鋭くえぐっている。秋元氏は金沢大学法学部卒ということだけあって、法的な知識からも鋭く切り込んでいるといえる。この文と講演から、矯正の抱えている本質について反省してみなくてはなるまい。現在行われている口腔育成という概念にエビデンスはあるのかということである。不正咬合になるのを予防するという概念が現在使用されている装置で実現できるのかどうか。それは不可能であろう。特に子供から成人へと成長してゆく過程は予測も予防も不可能である。3歳の子にしても、8歳の児童にしても、20歳の時の身長や体重を言い当てることなどできないのである。特に身長や頭の大きさなどは遺伝的なことも多く、拡大ネジの床装置によって育成などすることは不可なのである。不可能なことを可能の如くい言うことこそ「サギ」とか「ペテン」というのである。しかも良くするより、悪くすることしか起こらない人工的な介入はやめなくてはならない。そういうことを秋元氏は言っていると思われるが、そもそも歯科矯正は医療なのかという疑問であろう。2003年8月号のJOPの秋元氏の論文を全て読まれることをおすすめしたいと思う。(DBAより「DBA主幹:阿部和弘先生」の、セミナー受講の歯科医に対しての言葉)「DBA間違いだらけの床矯正 」より。
(DBAより「DBA主幹:阿部和弘先生」の、セミナー受講の歯科医に対しての言葉)「DBA間違いだらけの床矯正 」より。
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