➌『生体は人体は、『機械論』だけでは語れない!』➌「第3章 老化(ろうか)とは何か」「福岡伸一動的平衡3チャンスは準備された心にのみ降り立つ」を読む | きたざわ歯科 かみあわせ研究所
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➌『生体は人体は、『機械論』だけでは語れない!』➌「第3章 老化(ろうか)とは何か」「福岡伸一動的平衡3チャンスは準備された心にのみ降り立つ」を読む


➌「第3章 老化(ろうか)とは何か」

 『分化(ぶんか)とは・・・

 生命の時間はいよそ三八憶年と考えられている。もっとも初期の生命の痕跡がこの年代の地層にまで遡れるからである。それは原始的な単細胞生物だった。そのあと二十数億年という時間をかけて生物はゆっくり進化を遂げていくことになるが、この間、生物はずっと基本的に単細胞のままだった。

 ところが今から約一〇憶念ほど前、生命の進化に大きな跳躍が起きた。この跳躍ゆえに今日、私たちヒトも存在しうるのである。

 それは生命が多細胞化したということだった。それまで単細胞生物は分裂すると二つに分かれて、それぞれ別々の道を歩んだ。この時点で細胞の一世代は終わり、次の世代がはじまった。ところがあるとき、細胞は分裂してもくっついたままでいることを選んだ。細胞は増殖するにつれ、二、四、八、一六、三二と、二の倍々まで数が増えていく。そのまま集合しているだけでは単細胞生物が「群体」と形成しているにすぎない。ボルボックスという生命体は、以前は、細胞が集合した軍隊と考えられていたこともある。しかし、ボルボックスをよく観察すると細胞が分業していることがわかる。ひとつの細胞の分裂からはじまった細胞の集合体の内部で、細胞に個性が出てくること、細胞が機能を分担して分業化すること、これを「分化」と呼ぶ。

 私たちヒトの身体は、脳の細胞、皮膚の細胞、消化管の細胞、筋肉の細胞、内臓の細胞というように役割を分担している。内臓でも肝臓と膵臓は異なる分化を示し、同じ膵臓でも内部には消化酵素を分泌する外分泌細胞とインシュリンなどのホルモンを生産する内分泌細胞がある。ヒトの身体はおよそ二〇〇種類以上の分化した細胞が合計で約60兆個もしゅうごうした多細胞生命体としてある。これらの細胞は遺伝子が違うから分化しているわけではない。多細胞生物の細胞はもともとひとつの細胞(受精卵)が分裂してできたものである。ゆえに遺伝子はコピーされて等しく分配されている。だから分化とは、同じ遺伝子を持つ細胞が、異なる仕事をしているということになる。

 いったいなぜこのようなことが可能となるのだろうか。それはスイッチのオン・オフとボリュームの強弱による。

 多細胞生物の細胞が共有している遺伝子とは、受精卵に由来するゲノムDNAのことで、細胞内の核という小区画の中に折りたたまれて格納されている。

 これは、言ってみれば細胞が使うすべてのタンパク質の総カタログである。ヒトの場合、その数はおよそ二万三〇〇〇種類であり、その仕様情報がゲノムDNAに暗号化されて記載されている。

 重要なポイントは、このおよそ二万三〇〇〇種のタンパク質のうち、それぞれの細胞で使われるものは、分化した細胞によって異なる、ということである。膵臓の外分泌細胞では、消化酵素タンパク質の情報がゲノムDNAから読みだされ使用される、膵臓の内分泌細胞ではインシュリンの情報がゲノムDNAから読みだされ使用される。その逆はない。

 が飲むDNAに記載されている個々の情報は、まずRNAというものに転写される。RNAの情報はタンパク質に変換される。タンパク質になって初めて機能が発揮される。だから遺伝子のスイッチ・オンとは、ゲノムDNAが、RNAに転写され、それがタンパク質に変換されることを指す。

 ひとつの細胞には一セットのゲノムDNAが存在しているが、ひとつのDNAからたくさんのRNAを合成することができる。DNAが版木で、RNAは版画であるといってもよい。そしてひとつのRNAからは多数のタンパク質を合成することができる。もしある特定のDNAから五〇個のRNAが転写され、それぞれのRNAから五〇個のタンパク質が作られれば、DNAの情報は、50×50で二五〇〇倍に増幅されたことになる。この増幅の幅が、遺伝子情報のボリュームに相当する。

 つまり分化とは、ゲノムDNA情報のうち、どれろどれを使うか――言い換えれば、どの情報のスイッチをオンにし、どの情報のスイッチをオフにするか――ということの差異である。これによって細胞を専門化し、分業させることが可能となる。そしてオンにした情報をどの程度、増幅して使うかによっても、つまりボリュームコントロールによっても細胞に個性を持たせることができる。

 多細胞化のプロセスはまさにこのような情報の制御によって実行されているのである。

 

早老症の解明

 ウェルナー症候群、あるいはコケイン症候群と呼ばれる不思議な病気がある。奇妙な病名は、それぞれ発見者の名前に由来する。老化現象が極端に早く進んでしまう早老症である。まだ若いうちから(症例によっては子どものうちから)、老人特有の見かけや症状が出る。皮膚にシワが寄り、白髪になり、白内障や骨粗鬆症を呈する。あるいは太陽の光を浴びると炎症を起こし、なかなか治らない。

 この病気は、ある家系に多発する。つまり遺伝病である。父親と母親に要因があると、父親と母親は発症しないにもかかわらず、その子どもはおよそ二五パーセントの確立で早老症を発症する。メンデルの法則である。

 メンデルの法則を「おさらい」しておこう。通常、私たちの遺伝子はどれも父親由来のものと母親由来のもの、つまりペアで存在する。いま、老化に関係するある遺伝子Aを想定し、正常な場合をAAと表記する。これを遺伝子型と呼ぶ(Aを父母からひとつずつ受け継ぐ)。

 自然のいたずらによって、遺伝子Aが変調し、働かなくなる場合を考える。突然異変によって遺伝暗号の一部が書き換わるなどのケースだ。変調して機能を失った遺伝子を小文字aで表す。

 両親から受け継いだ遺伝子のうち、たとえどちらかの遺伝子が変調していたとしても、もうひとつの遺伝子が正常ならば、それが機能をカバーしうるので、見かけ上、異常は顕在化しない。このような場合の、遺伝子型は、Aa(もしくはaA)と表記できる。早老症は、Aaという遺伝子型を持った人同士が結婚し、子どもができると何が起こるだろうか。精子もしくは卵子が形成される際、親の遺伝子は半分ずつに分配される。つまり、Aatoいう遺伝子型の親の精子もしくは卵子は、Aまたはa

という遺伝子型になる。どちらになつかは五〇パーセントの確率である。そして、それが互いに合体し、組み合わされるパターンは、AAAaaAaa

の四通りになり、いずれも理論上二五パーセントの確率で出現することになる。

 このうち、前三者の遺伝子型はどれも正常遺伝子Aが含まれているので、病気は発症しない。AAはまったくの正常、AaもしくはaAは、素因をもつが、外見上は正常である。aaという遺伝子型になった場合のみ、遺伝子Aの働きが失われしまうので、早老症が引き起こされる。

 ただし、生物学における確率は、ちょっと考え方が難しいので注意を要する。上記の例は、四人子どもがいれば必ず一人が発症する、という意味ではない。二五パーセントの確率というのは、もしたくさんの子どもが生まれれば、そのうちおよそ二五パーセントの子どもが発症する、という意味である。たとえば、ヒトの場合現実にはありえないが、一〇〇人の子どもが生まれれば、およそ二五人が発症する計算となる。しかも卵子と精子の結合はランダムに起こるので、ぴったり二五パーセントとなるわけではない。母集団が大きくなればなるほど、二五パーセントに近づくという意味である。

 遺伝子aが早老症の原因であるのなら、遺伝子Aは、老化をできるだけ防ぐ働きを持つと考えることができる。普通なら遺伝子Aの作用で、ゆっくりと年相応に老化は進行するが、その機能に異常があるため、老化が促進される。ならば遺伝子Aが、どんなもので、どんな働きをしているかを突き止めれば、老化という、生物学上もっとも大きな謎に迫ることができることになる。

 早老症の患者さんはたいへんな難病を抱えることになり、その苦痛は想像にあまりある。一方、遺伝病としての早老症は、生命現象の研究にたいへん貴重な示唆をもたらしてくれる可能性があるのだ。

 かくして老化遺伝子Aの探査が始められた。病気がメンデルの法則によって遺伝しているという現象がわかったとしても、その原因遺伝子を突き止めることは容易なことではない。

 同じ家系内で発症した人としていない人の遺伝子をくまなく比較し、発症した人に存在し、発症していない人には存在しない遺伝子上の傷の有無を調べればならないのである。ヒトゲノムの文字数は役三〇憶。それは、膨大なページ数からなる古文書を一文字ずつ比較して、その違いを調べるような気の遠くなる作業となる。

 何年にもわたる綿密な研究の結果、とうとう研究者たちは、早老症を引き起こす遺伝子を突き止めた。複数の研究者たちが激しい競争を展開して発見に至ったのである。すると奇妙な一致が判明した。ウェルナー症候群でも、コケイン症候群でも変調をきたしていたのは、DNAの修復に関わる仕組みを担う遺伝子だったのだ。

 DNAの修復システムについて説明しよう。私たちの細胞内には細胞核という球状の区画がある。その中にDANは折りたたまれて格納されている。細胞が分裂するとき、DNAは複製され、倍加し、それが娘細胞にそれぞれ分配される。DNAの複製はDNA合成酵素によって極めて厳密に行われる。が、それでも時として写し間違いが起こる。誤植のようなものである。DNAは二本の鎖がジッパーのように向かい合って、よりあわさった対構造をしているので、誤植が起こると、ジッパーの途中で、一か所、噛み合わせが浮いてしまう部位が生じる。DNA修復システムはそんな部位を発見すると、その異常をいったん壊して取り除く。つまりジッパーの浮いた箇所を分解し、それからもう一度、噛み合わせがちゃんと整うように作り直すのである。

 同じようなミスは、DNAの情報が、RNA(リボ核酸)に読み出されるときにも生じる。あるいは、酸化ストレス、紫外線や放射線、有害物質などの外的な要因によってもDNAは傷つく。こんなときもDNA修復システムが働いて傷を直してくれる。

 早老症では、DNA修復システムの一部に問題が生じ、この仕組みがうまく働かないのである。するとどうして老化が促進されてしまうのだろうか。ここに老化というものの正体が隠されている。老化とは風化に似ている。豪華絢爛に造られた壮厳な宮殿も、長い年月のうちに、傷つき、色褪せ、虫に食われる。釘がさびたり、建材が劣化したりする。形あるものは、時の流れとともに、形が崩れる方向に変化する。秩序も、無秩序の方向へ動く。宇宙の大原則、エントロピー増大の法則である。生命という高度な秩序ももちろん例外ではない。ただし、生命体は、ただ風化されるがままになっているのではなく、それに必死に抵抗している。絶えず分解と合成を繰り返し、パーツを更新し、たまりやすい酸化物質や変性タンパク質をできるだけ素早く捨て、あるいは汲み出す、ミスや損傷が起こればそれを修復して手当てをする。

 もしその修復が滞ればどうなるだろう?ミスや損傷がたちまちのうちに細胞の中に滞留してしまうことになる。これがすなわち早老症なのだ。

 逆に言えば、私たちはすでに普段、ミクロな細胞レベルで、必死にアンチエイジングをしているのである。必死にアンチエイジングを行っても、結果的にエントロピー増大の法則という名の風化作用に、徐々に負けていくプロセス、それが老化なのである。

つづく・・・2025/7/3/

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