かみあわせ研究所 きたざわ歯科
新潟県柏崎市で矯正歯科・小児歯科・歯科ならきたざわ歯科です。

予約制📞0120-008-418
携帯電話からは☎0257-22-6231

9:00-12:00 / 14:00-18:00
(土曜日は17:00まで)

休診日 水・木(往診等致します)・日

(第2回・全4回)「2240」 芸能界と暴力団シリーズ 続編 O氏との対談 「エイベックスの松浦を中心に」  2026年5月11日


「副島隆彦の学問道場・会員ページ」 会員お申し込みのご案内(継続または新規)

「「2239」 芸能界と暴力団シリーズ 続編 O氏との対談「エイベックスの松浦を中心に」(第1回・全4回) 2026年5月3日」

「2240」 芸能界と暴力団シリーズ

続編 O氏との対談

「エイベックスの松浦を中心に」(第2回・全4回)

 2026年5月11日

  • HOME
  • 「2240」 芸能界と暴力団シリーズ 続編 O氏との対談「エイベックスの松浦を中心に」(第2回・全4回) 2026年5月11日

副島隆彦です。今日は2026年5月11日です。O氏との対談の2回目です。

=====

O:次に谷口が狙ったのは立花胡桃(たちばなくるみ、1980年-、45歳)という元キャバクラ嬢です。彼女は埼玉県出身で、カリスマキャバ嬢と呼ばれていたのですが、2009年6月に自分の体験をもとにした『ユダ』という本を出版しました。それと同時にテレビのバラエティ番組に出演するようになり、見た目の可愛さと機転の利くトークで注目されました。谷口はそれをテレビで見て「この子可愛いな。売れそうだな。どうやって接触しようか」となった。そして彼は伝手(つて)を頼って、出版社の仲介で立花胡桃に会わせてもらったのです。

『ユダ』←クリックしたらアマゾンのページに移動します

それで谷口と立花は交際を始めて、案の定、谷口と会った立花胡桃はバーニング系のテイクオフっていう事務所に入って、コメンテーター的な仕事をテレビでたくさんやるようになって売れました。立花の本は映画やドラマにもなった。その後、2人は結婚して子供も生まれました。

話がちょっと横に行きましたけれども、その本『ユダ』が出たのは、副島先生がYouTube動画でみた松浦勝人の番組が放映された(2010年1月)のと同じ頃ですよ、タイミング的には。松浦勝人が一番隆盛していたピークの時で、ダンスミュージック全盛の頃です。エイベックスの売り上げの7割を小室が作曲・プロデュースする、いわゆる“小室ファミリー”が占めたと言われます。それで小室は次第に傲慢になり、エイベックスに対して金銭的に理不尽な要求をするようになった。その頃エイベックスは株式上場を控えていて、将来の企業経営を考えると、いちいち小室の要求を呑むわけにはいかない。ここで松浦と小室の対立が始まりました。

松浦は小室哲哉と喧嘩別れします。しかし関係を修復して、また小室を舞台に上がらせて演奏させたりもした。ところがその後また大喧嘩して2人は疎遠になるのです。でも2008年に、小室が詐欺容疑で捕まったんです。800曲以上の著作物の権利を地方の投資家にまとめて譲渡すると言って、5億円をだまし取った。これで、その投資家から詐欺で刑事告訴されました。最終的に小室は懲役3年、執行猶予5年の判決が確定するのですが、執行猶予がついたのは松浦が5億円を立て替えたからです。小室とは喧嘩別れしたのにそこまでやるというのは、やっぱり小室の才能を認めていて、松浦氏なりの計算もあったんでしょうね。

副島:小室哲哉は人格の面でも破綻していたって聞いたことがある。

O:これも女性問題の話になります。小室哲哉はロリコンです。「セーラー服が似合う女の子ではないと付き合えない」と言っていたそうです。もっとも、200⒉年には、当時30歳のKEIKO(ケイコ、1972年-、53歳)という女性と結婚しましたが。このKEIKOは小室と組んでいたglobe(グローブ)というバンドのボーカルです。わずか1年で離婚しました。小室はその前に2回の離婚歴があります。やはり人格的に破綻しているのでしょう。

KEIKOと小室哲哉

副島:しかもクスリもやっていたでしょう。

O:クスリは、小室も松浦も浜崎もみんなやっていたと思います。エイベックスの社員の一人がそれを喋(しゃべ)って記事になりました。

副島:でも捕(つか)まらないで済んだ。

O:そうです。捕まらなかった。

副島:それは、喋ったやつが「私が嘘をつきました」と言って収めたんだな。最後は。

O:松浦の時もそうです。「全部虚偽でした」と言って収まった。

副島:それはきっと、自民党の政治家、森喜朗(もりよしろう、1937年-、88歳)たちやら警察上層部やらを使って収めたんでしょう。

(左から)小室哲哉、森喜朗、安室奈美恵(2000年)

O:そうだと思います。私は、そこにバーニングの周防氏が介在していたと思っています。周防氏には与党政治家や右翼、警察幹部といった人脈があるからです。では周防氏の話に戻ります。去年(2025年)の12月に周防氏はバーニングプロダクションの社長を退任して、息子の周防彰悟(すほうしょうご、1975年-、50歳)に譲り、周防郁雄は会長に退きました。だから、「周防さんはもう怖くないし、終わっているよ」っていうふうに松浦が言っていることもさもありなんで、そういう世代交代のタイミングに今来ています。

周防彰悟

なので、先ほど話した谷口も、これからの世代のドン的なポジションにつく候補の一人であるし、そこに松浦も入っている。日本の芸能界を振り返ってみると、1980年代にはナベプロ(現・ワタナベエンターテインメント)の渡辺晋(わたなべしん、正式な表記は渡邊晋、1927-1987年、59歳で死)をはじめ、その頃5人が実力者だと言われていました。別名「芸能界の5奉行」です。

渡辺晋

副島:「5人の実力者」とは、渡辺晋と周防と、あとは誰ですか。

O:周防氏の盟友で谷口の上司に当たる川村龍夫、ホリプロを創業した堀威夫(ほりたけお、1932年-、93歳)、田辺エージェンシーの田邊昭知、それから美空ひばりの元マネージャーで、廣済堂(こうさいどう)プロダクションの社長を経て長良プロダクションを作った長良じゅん(ながらじゅん、1938-2012年、74歳で死)。大きくはこの5人で、例えば紅白歌合戦の出場歌手から「今年のレコードを誰にする」とか、「この番組の主役を誰にするとか」って決めていたんです。

堀威夫

長良じゅん

副島:渡辺晋、渡辺美佐(わたなべみさ、1928年-、97歳)夫婦が設立したナベプロ(渡辺プロダクション)は、長女と次女で2つに分かれた。

渡辺美佐

O:渡辺ミキ(1960年―、66歳)のワタナベ渡辺エンターテインメントと、渡辺万由美(わたなべまゆみ、1964年-、62歳)のトップコートですね。

渡辺ミキ(姉)

渡辺万由美(妹)

副島:もう25年ぐらい前に、ミキの方から私はこう言われたことがある。電通の勉強会の後にね。「うちでも副島先生をマネジメントして使いたいんですけど、田中康夫さんが嫌がりますから」と、そうはっきり言われたんだ。私が田中康夫(たなかやすお、1956年-、70歳)の話を昔、書いたからね。田中康夫がそれを知っていて。私は「そうですか」としか言えなかったんだけど。それが芸能プロダクションと私の唯一の接点だよ。

私は『朝まで生テレビ』も出禁だった。司会の田原総一朗(たはらそういちろう、1934年-、92歳)と意見が対立して、何回かにらみ合いをしたしね。「副島は絶対に使うな」っていうのがあった。電通も私の起用に反対した。電通にはブラックリストというのがあって、本当に黒い表紙の小冊子でね。そこには「(電通の判断で)テレビで使ってはいけない人間」が書いてある。その1ページ目に私(副島)の名前が載っているんだって。

「朝まで生テレビ」に出演中の田原総一朗

O:副島先生の言論が、危ない言論だってことなんでしょう。生放送だと放送事故が起きかねないということもあるかもしれない。テレビ局は不規則発言にも気を使いますしね。

■エイベックスとジャニーズの関係

副島:ジャニーズ事務所との関係はどうなるんだろうね。二大双璧であるジャニーズとしてはやっぱり面白くないでしょうね、エイベックスは。歌って踊れる男のグループというのが、もろにかぶりますからね。まあもちろん音楽の内容はちょっと違いますけど。

O:歌って踊れるグループと言っても、エイベックスとジャニーズとでは方向性が異なります。先ほど話したエグザイルとかジェイソウルブラザーズとかっていうのは、ヨーロッパ系のユーロビート系のダンスミュージックで、ジャニーズは歌謡曲ですから、本来はかぶりません。それでもメリー 喜多川(メリーきたがわ、Mary Y. Kitagawa、本名:藤島メリー泰子[ふじしまメリーやすこ]、1927-2021年、93歳で死)が生きていれば、エイベックス系のグループとかアーティストを潰しにかかったと思いますよ。

ジャニー喜多川の親族関係

例えば、これは少々昔の話ですけど、ジャニーズには少年隊という3人組がいましたよね。今、メンバーの1人だった東山紀之(ひがしやまのりゆき、1966年-、59歳)はSMILE-UP.(スマイル アップ、旧・ジャニーズ事務所)の社長になっていますけど。少年隊と同じ頃、別の事務所が女の子3人で、少女隊というのをデビューさせたんです。そしたらメリーが激怒して「あんなのは絶対使うな、潰してやる」って少女隊を干したんです。

少年隊(中央が東山紀之)

なので、自分たちのテリトリーに入ってきそうな競合が出てきたら、潰しにきたかったと思います。そういう意味では、メリーが生きていればエイベックス系のダンスグループが今のように伸びることはなかったでしょう。

ところで、松浦の薬物疑惑について副島先生が言われた与党政治家や右翼の話で思い出すのは、X JAPAN(エックスジャパン)のYOSHIKI(よしき、1965年-、60歳)です。Xは、もともとは千葉県のアマチュアバンドでした。昔、『イカ天』、『三宅裕司のいかすバンド天国』(1989-1990年)という歌番組がありました。そこから出てきた。最初はX(エックス)っていうバンド名で、YOSHIKIとTOSHI(とし、1965年-、60歳)が中心の5人組でした。マネジメントしていたのはバーニング系なのですが、YOSHIKIの一番の応援団は、右翼の大物で日本青年社の会長だった衛藤豊久(えとうとよひさ、1937-2007年、70歳で死)という人物です。

衛藤豊久

副島:日本青年社は右翼だから、森喜朗系だよ。そういうバックアップがあるんだね。私の学問道場に以前、日本青年社の人が寄って来たよ。YOSHIKIが1999年の天皇(現・上皇)の在位10周年の祭典でソロ演奏したでしょ。陛下の前で。だから右翼なんですよ。

天皇陛下御即位十年をお祝いする国民祭典で演奏するYOSHIKI(1999年)

2026年、現地時間3月19日、日米首脳会談後のトランプ大統領主催の夕食会にて。高市首相はX Japan大ファンだと公言している

O:YOSHIKIは今でこそ、アメリカでもコンサートやるくらいの大物ソロアーティストになっちゃいましたけど、もともとはアマチュアバンドです。何が売れるかというのは、本当は・・・

副島:ピアノの弾き語りで歌えることと。

O:そうですね。まあ確かに、売れそうな曲は書いてはいますけどね。もちろんその実力というか、その時代に合った、もしくは先取りした歌なり芝居なり話芸なりを持ってなければ、人気者にはなりません。

副島:流れとしては、X JAPANのYOSHIKIはバーニング系ですか?

O:そうだと思います。でなければ保守政治家とか右翼とかが後ろにはつかないと思うんですよね。

■松浦勝人が育てたアーティスト

副島:エグザイルの代表は誰だっけ? HIRO(エグザイル ヒロ、1969年-、56歳)だ。本名は五十嵐広行(いがらし ひろゆき)だ。ヒロは完全に松浦の子分でしょう? 番組(2010年放映の「熱狂の創造者 松浦勝人のキセキ」)の中で、松浦に頭を下げていた。控え室で。

O:もともとは、松浦がまだ貸レコード店「友&愛」港南台店の店長だった頃に、常連客で来ていたのがヒロです。松浦はHIROを弟分みたいに可愛がっていました。松浦が大学3年ぐらいでHIROは高校生でしたかね。

「友&愛」の看板

副島:(松浦は)どこの大学の学生だった?

O:日本大学経済学部です。松浦本人が言うには、大学4年になる頃の就職活動でどうしようかな、と悩んだ。サラリーマンが安定しているかな、中古車販売と整備工場を営む父親も「固い仕事につくように」と言っている。けれども、自分は音楽が好きで、この貸しレコードの仕事も面白い。レコードを売るだけじゃなくて作る仕事もいいかなと、悩んでいたと松浦は言っています。そして「やっぱり好きなことを仕事にしよう」、やらずに諦めるよりやった方がいいと思って会社を作るんですよ。

副島:アルバイト先の「友&愛」港南台店のオーナー重野正昭(後のエイベックス監査役)と松浦のお父さんがお金をだして(共同出資)、レコード会社(株式会社ミニマックス)を作ってくれたんですよ。それが大きくなったんです。

O:そのレコード会社は、楽曲制作じゃなくて輸入販売ですね。エイベックス・ディーディーっていう名前で法人化して、それで「友&愛」のフランチャイズ店舗の1つを運営するようになったんです。なお「エイベックス」(Avex)という社名の由来は「Audio Visual Expert」(オーディオ・ビジュアル・エキスパート)の頭文字からです。音楽(Audio)と映像(Visual)の専門家(Expert)というわけですね。

エイベックス本社ビル

その頃に松浦は小室を知って、レコードを売るだけじゃなくて自分たちでレコードを作る方が楽しいし、面白いし金が稼げるということで、準備を進めていった。

副島:音楽著作権を取って。

O:そうです。自分たちが音楽出版権や原盤権も握る。既存のレコード会社に、その考え方はありませんでした。そして確かに小室が作る曲はヒットしました。それを歌唱・演奏・ダンスするのは安室奈美恵とか、TRFとか、globe(グローブ)です。グローブでは、前にお話ししたように、その後小室と結婚する女性(KEIKO)が歌っていましたけど、それが本当に大ヒットしていったから。

原盤権

副島:何年くらいですかね。

O:90年代のディスコブームの頃だから、90年初頭の頃だと思います。浜崎あゆみと松浦が知り合ったのもは、確か1995年で、六本木にヴェルファーレ(velfarre)ってディスコがあったんですけど(1994年から20007年まで)、そこで知り合ったことになっている。

ヴェルファーレ(2005年)

副島:マハラジャ(MAHARAJA)の次?

O:マハラジャもちろんありましたけども、もう下火になっていた。マハラジャは麻布十番で、ヴェルファーレは六本木交差点線のすぐ近くです。新しい方に若者は行きます。

副島:ヴェルファーレは在日系のヤクザである町井久之(まちいひさゆき、鄭建永[チョン・ゴニョン]、1923-2002年、79歳で死)だよね。力道山殺しの東声会(とうせいかい)の。東声会の建物(TSK・CCCビル)の真横にあった。ヴェルファーレは1階から斜めにバーッと、長いエスカレーターが上にバーッと上がっていた。見たことがあるよ。

町井久之

ヴェルファーレのエントランスの階段

O:そこのVIPルームに歌が歌えるコーナーがあって、そこで浜崎あゆみが歌っていた。その頃、浜崎はサンミュージック所属の売れないタレントだったんですけども、歌う浜崎を見た松浦が、「この浜崎に小室の曲を歌わせたら売れる」とピンときた。かつ、「自分の女にしたい」と。その後の96年頃から、二人は恋愛関係になって、3年くらい付き合って別れたことになっています。前回も話しましたけど、浜崎と松浦をモデルに、事実をもとにした不思議な本が2019年に出た。『M(エム) 愛すべき人がいて』(小松成美著)っていうタイトルで、幻冬舎からです。

松浦勝人と浜崎あゆみ

『M(エム) 愛すべき人がいて』←クリックしたらアマゾンのページに移動します

(つづく)